麻生芳伸先生編集の「落語百選」(三省堂)には題名の通り百話の古典落語を春夏秋冬別に紹介しています。 「秋」の巻に「何故これが『秋の噺』なのかな?」と思うような噺がいくつかありました。今回取り上げる廓噺の大作のこの落語もその一つです。
五人廻し
その昔有料で自分が見立てた御婦人と一晩共にできた吉原。 その吉原の御婦人「花魁」は人気のあるのになると一晩に数人のお客を相手にすることが多い。 各々の部屋で順に客の相手をするわけだが中には待てど暮らせどその敵娼(あいかた)は回ってこない客もいる。
職人「ヤダねぇ、この廻し部屋ってぇもなぁ...汚いったらありゃしねぇ...どうだい、この、障子だの壁だの、落書きだらけだよ。落書きにいい手はねぇってぇが、まったくだ。えぇ、なんて書いてあるんだ?...『この楼(うち)は 牛とキツネの泣き別れ もうコン、コン』... やンなってきちゃったなぁ!...まったく、癪に障るったらねぇや! どうして女ぁ来ねぇんだ? 今夜てぇものは...もう、寝ちまおうかなぁ...だけど、寝てるところへ女がきて、『この人はもう寝てるから、もう一廻りしてこようかしら』...こりゃいけねぇな。そうだよ。『おめぇの寝顔はどうもいけねぇ』って、ひとに云われてんだよ。『寝顔を見せるな』ってやがる。『じゃぁ、起きてる顔はどうだ』って聞いたら、『起きてる顔はなおよくないよと』きた。『それじゃぁおれはどういう顔がいいんだ』と聞いたら、『こないだ見せた死に顔が一番よかった』ってやがる...ふざけやがって! おや...トン、トン、トン...草履の音だよ、えぇ? まだまだ捨てたもんじゃねぇや、へへっ。他を手っ取り早く片づけて、おれんところへ来ようってんだ。『ぬしさん、お待ち...』とか云いながらへぇって来るんだよ…‥へへへっ、おれぁやっぱりあの女の間夫(まぶ)だ…‥あれ…‥なんでぇ……他へ入っちまった。なんだよ、気をもたせやがって‥‥‥おっ、また来たよ…‥トン、トン、トン…‥へへっ、今度こそ...そうだ、ここはひとつ、寝たふりでもしてやろう。起きてるってぇと、なんか待ち焦がれてるみてぇでだらしねぇからな。寝てるってぇと、そこへスーッと障子が開いて、『まぁ、おそくなってすみません』てなことを云いながらへぇってくるよ。『…‥ぅ、ああぁ、寝ちまってたなぁ。なぁに、いいってことよ』なんて、云ってやろう。クウ、クウ、クウ、クウーッ‥‥。」若い衆「へい、今晩は。」

職「な、なんだ?おめえ。」 若「」へっ?」 職「何なんだって聞いてんだよ。」 若「へぇ、なんですか、花魁はおりませんか? あぁ、さいですか。お一人さんですな。」 職「なにをっ、お一人さんですかぁ!?おぅっ! おめぇんちじゃぁ、お半分さんだの、お四半分さんだのてぇのがいるのか!」 若「いやぁ、そのぉ‥‥‥へへっ、お一人じゃぁさぞや、お寂しゅうございましょうなぁ。」 職「この野郎、悔やみを云いに来やがったのか? おぅ! 夜はお一人さんじゃぁ寂しいや! いってぇ誰がおれをお寂しゅうしてくだんだよ! こんちきしょうめ! ちったぁお賑やかさんになりてぇじゃぁねぇか!」 若「えぇ恐れ入ります。先ほどいびきが聞こえておりましたが、ただいまお目覚めでございますか?」職「なにをっ! ただいまお目覚めでございますか、だと! おぅっ、お目覚めてぇのは寝てたもンが起きるからお目覚めって云うんだ。えぇ、おれは来たときから今の今まで、まんじりともせずに起きっぱなしなんだよ! おめぇんちじゃぁ起きっぱなしのお目覚めてぇのもあるのか!?」 若「へへっ。花魁はどなたで? 喜瀬川さん?喜瀬川さんなら、もうほどなくお廻りンなりますので‥‥‥。」 職「ほどなくお廻りンなります、だぁ? おぅッ! おれぁなぁ、身体検査待ってんじゃぁねぇんだ!いいかい、おれはなぁ、女が来ないからグズグズ云ってんじゃねぇよ。そこんとこ間違えんじゃないよ。いいかい、ものにゃぁ法ってぇものがあるだろう? えぇ、今晩ここんちに来たときにだよ、『今夜、あたし、忙しいから、お前さんのお相手できないかも知れないよ。すまないけど、今度、きっと埋め合わせするからさぁ、今日のところは堪忍しておくれでないかい。』くれぇのをもし云われててみなよ、こんだけの銭ィ使って、気ィ使って、無駄ァするこたぁ無かったんだ、えぇ?宵にちょぃと出て、それっきりってえ、『三日月女郎』てぇのは聞くが、今までいっぺんもツラぁ見せねぇ。これじゃぁ『月蝕女郎』じゃぁねぇか!でぇいち、あの喜瀬川のツラぁ、ありゃあいってぇなんだ? あれが男を振るツラか? 通りへでも出てケツでも振ってろって! 喜瀬川に逢ったらそう云っとけ!」 若「へぇ……さようでございますかなぁ。」 職「さようでごさいますかなぁ、だと!!オゥッ、てめぇじゃぁわからねぇ、もっと人間に近けぇやつ、出せ、人間に近けぇやつを!!」 若「えー、手前は人間から遠ございますかなぁ?」 職「てめぇなんざ、出来のいい猿じゃねえか。」 若「出来のいい猿は恐れ入りましたな。お腹立ちはご最もですが廓はまたこの引け過ぎましてから不寝番(ねずばん)いう者お客様のご用を承りますのがこれが廓の法でして、えへへっ、すなわち廓法(かくほう)でございますので‥‥‥。」 職「何だとこの野郎、勘弁出来ねえこと抜かしやがったな。すなわち廓法だと!?すなわちって面か!?壊れた擂り鉢みてえな面しやがって。筋っぽいこと言うねえ、この切り出し‥‥‥。」 若「切り出し?なるほど筋を言うところから切り出し?」 職「何を言ってやがんでえ!見世にいて客を勧めるのを妓夫(ぎゅう)ってえだろう!?てめえなんか妓夫(牛)の屑だから切り出し(こま切り)ってんだ!!」 若「へっへっへ、恐れ入ります。」 職「よろこんでやがら。てめえっちに廓法なんぞ言われて、へえ?さようでござんすか、と尻尾巻いて引っ込むようなお兄いさんとお兄いさんの出来が違うんでえ。こちとらぁなぁ、おぎゃぁと生まれて三歳(みっつ)のときから、この大門 を出たり入えったりへぇってたりしてるんでえ!! 」

若「お早くからのお道楽で‥‥‥。」 職人「てめえなんか廓法なんぞ抜かしたって、どういうわけで吉原ができたんだか、そのいわれを知るめえ。後学のために聞かしてやらあ、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ、この才槌野郎め。そもそも吉原というものの始まりは、元和三年の三月に庄司甚右衛門というお節介野郎が、淫売というものを制せんがために公儀幕府に願って出て、初めて廓というものが許されたんだ。初めっからここにあったんじゃねえ。葺屋町の二丁四面を公儀から拝領して、そこへ廓をたてた、それがためにいまだにあすこに大門通りという古跡が残っているんだ。そのころは一面に葦の茂った原でそこへできた廓だから葦原と言ったのを縁起商売だから字を吉原と書いて、それから三十八年目に浅草へ引き移って、初めてこれを新吉原と言うんだ。近くは明治五年の十月の幾日には解放、切り放してえものがあって、女郎屋が貸座敷と名が変わり、女郎が出稼ぎ娼妓となって大見世が何軒、中見世が何軒、小見世が何軒まとめれば何百何十軒あるんだか、どこの女郎屋にゃ何人女郎がいて、どこの女郎屋でどういう女郎がお職を張ってて、元はどこにいて、借金がいくらあって、どこの芸者がどういうことでいつ新聞に載ったか芸者が何人幇間が幾人、横丁芸者は何人いて、おでん屋が三十六軒あって、どこの汁が甘えか辛えか、蒟蒻の切り方が大きいか小せえか、なんてぇこまで隅からすみまで全部お見通しなんでぇ! 『廓法』を云われて『はい、さようでございますか』ってんで後ろへ引っ込むお兄いさんたぁわけが違うんだッ!こんちくしょうめ! まごまごしてやがっと、頭っから塩ぶっかけて齧るぞぉっ!」 若「へェへえ、少々お待ちを‥‥‥‥勘定は少ねえが言うことが多いや…‥‥喜瀬川さんえ‥‥‥‥」粋人「あ、そこの、廊下をご通行中のお方、ご通行中のお方...ちょいと、ここへお立ちより願いたいんでげすがなぁ...ご通行中のお方ァ...」 若「また、妙なのがいるよ...えーっ、お呼びでございますかなァッ!」 粋「はぁ、呼んだんでがすがねぇ。さぁ、これへ入りたまえ、入りたまえー、清めたまえー、後を閉めたまえェー」若「へえ。」粋「もそっと、ズズーッとこちらへ...向こうの座敷で、エー、頭へ塩を付けて齧るとか、玉代返せ、とか、いろんなことを云っておりましたなぁ。えー、なぜこのような遊里へ来て、さような下衆なことを云うんでがしょうなぁ。え、そうでしょう? そういう苦情を云うくらいなら、はなっから来なきゃいいものを。ねぇ、つまり、自分の方から来ておいて、そう云うことを云うことと云うものは、フン、あ、野暮だねぇ~」若「恐れ入ります。」粋「ものというのは、それではいかんでがすなぁ。『寒からぬほどに見ておけ峯の雪』って兼好法師もおっしゃった。そういうわけですから、拙なんぞはねぇ、ホッ、ホッ、ヤッ、ヨイッ...なぁに、こういうところへ来て女子が来ないからって、野暮なことたぁ云いませんよ。えぇ、まぁ、しかし、なんだねぇ。貴公なんぞは、おぎゃぁと生まれて、いきなりお女郎屋の若い衆さんでもありますまい。若い頃はずいぶんとお道楽てぇやつでげしょう?」 若「へへっ、さいでございますな。」 粋「さ、そこででがす。尊公がお遊びにおいでンなっている時分にですよ、えぇ、時に遊里へ上がって、おばさんのお世辞を肴にして、みんなにワァッと云われて、さて、いよいよお引け...閨中の人となったときにだねぇ、側に姫なるものがはべっておるのがよいか、はたまた、拙のように、こう...ひとり孤独を噛み締めつつ手酌でいっぱいやるのが嬉しいか、尊公のお胸に聞いてみたいもんでがすよ。ウッフッフッフ...。」

若「真綿で首で恐れ入ります。何しろ今夜はたて混んでおりまして。」 粋「今更姫がご来臨になっても、もはや鶏鳴暁を告ぐるから、いかんともすべなしでげす。それよりも君の御身体を拝借しよう。花魁の代わりに‥‥‥。」 若「手前の身体を‥‥‥どういうことに?」 粋「こちらに背中を向けたまえ。」 若「へえ?」 粋「ここに火箸が真っ赤に焼けている。これを君の背中にじゅうっ…‥‥と押し付けてみたい。」 若「ご冗談を‥‥‥‥ただいま伺います‥‥‥‥驚いたね。焼け火箸を背中に押し付けるってやがる。俺はここに『角兵衛獅子』の修行に来てんじゃねえぞ。ええ喜瀬川さんえ…‥‥。」 役人「おいっ!‥‥‥廊下を通過するやつ‥‥‥小使い!給仕!」 若「なんだい給仕だってやがる‥‥‥役所と間違えてら…‥‥へえい。」 役「もっと。これへ進め…‥進めと申すに何故下がる………もっと。これへ進め。その方は、何役を務める?」
若「何役ってぇほどのものじゃぁございませんけれど...えぇ、お二階の方は手前が預かっております。」
役「ふむ、するとその方は、二階指揮官ですかな?」
若「えぇ、別にその指揮官てぇほどのモンじゃ...。」
役「年齢は?」
若「えぇ、四十五でございますが...。」
役人 「四十五? ウソも隠しもなく、四十五か? まことか... 四十五と云えば、もはや五十になんなんとしておきながら、かかる巷へ身を落とし、未だ一個の分別もつかず、こんにち男女の同衾をする夜具布団を運搬しつつ生業を立て、その方は何がよいのじゃ? 貴様の両親とて、貴様をこのようなものに致すべく養育なされたわけではあるまいに... みな、その方の意志薄弱が招いた結果である。そう心得よ。今更両親を怨むでないぞ。」
若「いや、別に怨みゃしませんけど...。ご用件を伺いたいのですが。」役「貴様も三度の飯を食い、打たれて痛いという感覚のあるやつならば、ものを見て黒白は判然とするじゃろうが、僕の部屋が、かく一目瞭然たることは明らかであろう。見るが如く四沈沈閨中寂寞、人跡絶えて音更になし。はなはだこれ遺憾の至りである。僕の陰鬱たる部屋に引きかえ向こうの座敷はまた何事である。彼には娼妓の待遇によって、喜悦の眉を用いて胸襟を開き、歓楽の極に達し、狂喜乱舞し、果てはあやしき淫声を洩らしつつ、喋々喃々と語らいつつある。いかにこれ怨羨の極みではねえか。ここに枕が二つある。一個の枕は僕が使うとしてあとの一個の枕の用途はいかに? 僕が粗相した時の替えの枕か?」

若「いえ、そ、そんなこたぁありません。それは、えー...あのお妓さん(おこさん)が...。」
役「あのお妓さんにも、このお妓さんにも、僕はこの屋に入って以来、一瞥たりともしてはおらんが、あぁ、なぜそのような意地悪をいたすか? ふむ、ここに、受取証というものがある。その方の店の印鑑が押してある。立派なものだ。よいか、この飲食の料としてあるのは、差し支えない。しかし、劈頭にある『金一円、娼妓揚代賃』という件については、僕はその解釈に苦しんでおるところだ。これは確かに有名無実と云ってよかろう。玉代を、これに、今すぐ返却せよ! 返却せぬときは、この屋に爆弾を…‥‥。」 若「ご冗談を、なんだい、ありゃぁ‥‥‥爆弾? じょうだんじゃねぇや‥‥‥弱ったねぇ、どうも...。えぇ、喜瀬川さん、喜瀬川さん...しょうがねぇなぁ...喜瀬川さん...。」
田舎者「あのぉ...そこな廊下ぁ通るひと...若ぇ衆じゃぁねぇだか? ここへ、ちょっくらここへ寄ってもらいてぇだがねぇ...手の鳴る方へ来てもらいてぇや、えー、若い衆さん...。」
若「また、妙なのがいるよ...えー、こんばんわ!
田「そこでは、話しができねぇから、もそっと、こったらこけこぅ。」
若い衆 にわとりだよ、まるで...えー、どうも...
田舎者 若い衆さん、いまおめぇ、何時ンなるとおもうだぁよ。えぇ、きょうはおらの方からこの楼へ上がったわけじゃぁねぇだろ。おらとおらの友達となぁ...寅次郎と五左衛門と、辰松と、それと清兵衛と五人で前を通っただよ。するてぇと、あの女郎が出てきてだね、「ねえ、あんた、おら、あんた好きだァ。上がってくんろ、上がってくんろ」ってこう云うから、「友達があっから、おら上がることできねぇ」っただ。「いいではねぇか。友達は友達で、どっか上がっから、あんた、おら助けると思って上がれよ」...ええだか、おら、頼まれて上がっただよ。えぇ、おらが上がると「やぁ、酒呑みてぇ」の「寿司、食いてぇ」のとあれだぁ、これだぁとさんざっぱら人に銭ッコ使わしといて、そいで女ッコ来ねぇってことあるかよ。えー、女にそう云ってくれや。あー、客振るなら、田舎者ォ振れやってな。おらぁな、はばかりながら、こう見えたって江戸っ子でがすよ。江戸は日本橋の在のもンだから、フンとに...なんだと思ってやんでぇ、ばかにしやがるってーと...玉代返さねーてーと、このうちィ火ィつけるぞっ!」
若「へぇ『ばかにすっでねぇだよ、おら江戸っ子だ.』..えれぇ江戸っ子がいたもんだ...おでれぇたねぇ...おや花魁、ここにいるんですか?」
喜瀬川 「 どうしたのさ」
若 「どうした、じゃぁありませんよ、あなた、少しは廻っておくんなさいよ。お客がみんなうるさくってしょうがありませんよ!l」
喜「 うるさくったって、どうしたって、あたしゃこの人のそばを離れるの、嫌なんだもの...。」

若「 ねぇ、お大尽、あなた、ひとつ、花魁を少しでよござんすから、廻しに出してやっちゃもらえませんか。」
お大尽 「 そんりゃぁ、おらのほうだってぇ、喜瀬川ァ商売だかんねぇ、ちょっとは他へも行ったらよかっぺぇと、こう云ったんだけんども、アマッ子は、云い出したらきかねぇんだよ。えぇ、おらの側を離れんの、いやだ、いやだってなぁ...それは、はぁ、年期があければはれてひぃふンなるだから、それはいいけんども、今は苦界の身ィだから、つれぇこんだけんども、廻しまわれってぇのに、まわりゃぁがらねぇてなぁ。それで、他の客はなんちゅうとるかねぇ?」
若 「へぇ、玉代返せってんですよ。」
大「 玉代返せぇ? こういうとこへ来て、はぁ、玉代返せ...へぇ、そらぁ、どったな田舎もんだぁ? バカなやつがあるもんでねぇか。で、相手はひとりけ?」

若「 いえ、それが四人で。」
大 「 どうも、あきれたなぁ。どうする? 喜瀬川ぁ?」
喜「 玉代返してさぁ、帰ってもらっておくれよ。あたしゃお前さんのところ、離れるの、いやだよ。」
大「 しようがないなぁ、われがそういうなら、玉はおらがだしてやるべぇ...えぇ、みなで、いくらだ?」
若「 へぇ、おひとり一円ずつなんでございます。シメて四円で...。」
大「そいじゃ、四円だしてやるから、みんなに返してくんろ。」
若「 どうも、相すいません、まことに恐れ入ります、へぃ...。」
大 「さあ、どうだ。四人、帰しちまっただ。えぇ、だから、もう、安心しておらの側にいられっぞ。」
喜「えぇ、だけどもねぇ、あたしにも、一円下さいよ。」大「なんで、われに一円出す? われとおらの仲じゃぁねぇだか。われのものはおらのもの、おらのものはわれのものだ。」
喜「けれどもさ、一円というのは他人よ。あたしにも一円下さいな。」
大 「そうかい? ま、おめぇがそれほどくれって云うなら、さぁ、一円やんべぇ。」
喜「 あら、そう...もらえばあちきのものねぇ。」 大「そんなこと、聞くにゃおよばねぇ...。」
喜「じゃぁ、これ、改めてお前さんに上げます。」
大「なんだよ、おい、おめぇにやったもを、改めておらがもらってどうするだ?」
喜「これをもって、四人と一緒に、お前さんも帰っておくれ。」
原話は寛政元年(1789年)出版滑稽本「御祓川」の一編「壬生の開帳」とされています。
明治時代の落語速記雑誌『百花園』(1889年 – 1900年ごろ刊行)には、『小夜千鳥』(さよちどり)の演題で禽語楼小さん師による口演が掲載されているという。 明治末期から大正(1910年代)に、初代・柳家小せん師が、今日の演出を完成したそうで。六代目三遊亭圓生師は小せんのスタイルを受け継ぎ、五代目古今亭志ん生師も初代・小せん師から教えられているそうです。 初代・林家彦六師も初代・小せん師から教わったようですが、五代目・志ん生師、六代目・圓生師が明治時代の設定で演じていたのに対し、初代・彦六師は江戸時代の設定で演じてました。 若い衆が各部屋を回るのは行灯の灯油をさすためという設定で、やたら漢語を使う役人は武士にしてました。
演者として難しいのは江戸っ子の職人、粋人、役人、田舎の客、大尽と言った多様な人物の演じ分けでしょう。 ともすれば最初の江戸っ子に力を入れすぎて後がかなり地味な感じになってしまったり、演者が疲れてしまったりする事があるようですね。
昭和三十三年三月三十一日に「赤線禁止法」により遊郭が廃止される以前は、この「五人廻し」は大いにウケたそうですね。 観客にもかなり身に覚えのある殿方が多かったようで。 五代目・志ん生師演のCDを聴くと、役人が「しかし、劈頭にある『金一円、娼妓揚代賃』という件については、僕はその解釈に苦しんでおるところだ。」と言っている件は観客は大爆笑ですね。 聴いているとかなり楽しいのですが先述の「落語百選」などの本で読むと最初の江戸っ子の職人が一人で愚痴を言っている件は何か寒々した感があるのですよね。 そんな感じから「秋の噺」に分類されたのですかね。玉代を返されて秋の夜道を寂しげに帰っていく五人の客たちの後ろ姿が目に浮かんでくるように感じているのは私だけでしょうか。
秋の彼岸が過ぎてこれから寒い時期を迎えます。 身体に気を付けましょう。
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