この十数年間、佃島の「住吉神社例祭(佃祭)」の本祭を見に行くのが夏の楽しみの一つになってます。今年はその年なので10日に見て参りました。その威勢の良い祭りを背景に江戸の人情を描いた以下の噺を取り上げたいと思います。
佃 祭
夏が巡ってきて、今年も佃の祭りの当日。

祭り好きな神田お玉ヶ池の小間物屋次郎兵衛さんは、朝からソワソワ。
焼き餅焼きの女房おこまから
こま「祭りが白粉つけて待ってるでしょ。」 次郎兵衛「祭りが白粉なんかつけるか!!お前はすぐそういうことを言う。近所で評判だよ。」

嫌みを言われながらも、白薩摩に茶献上の帯という涼しいなりで、いそいそと出かけていく。
一日見物して、気がつくと、

もう暮れ六ツ。渡しの終い舟は満員。
これに乗り遅れると返れないから次郎兵衛、船頭になんとか頼んで乗せてもらおうとしていると、
女「あのもし・・・・ちょっとお尋ねしたいのですが。」
と袖を引っ張る女がいる。

次「困りますよ、あたしゃこの舟乗るんだから。」
女「そうでもございましょうが、ちょっとお伺いしたいので。」
とやりとりしている間に、舟は出てしまう 次「困りますよ。帰れなくなったじゃないですか。」
女「まちがいだったらお詫びしますが、今から三年前、吾妻橋から身投げしようとしていた娘を五両の金を恵んで助けたことはございませんか?」
次「今から三年前・・・・・吾妻橋・・・・?あ、確かに覚えがあります。」 女「やはりそうでしたか。私はその折の不束者でございます。」 次 「ではあなたがあの時の娘さんでしたかこれは、どうもお見それいたしましたですなぁ。あの時は島田結ってらしたのが今は丸髷で。で?今はどちらに?」 女「この佃島におります。旦那様に助けて頂いて間もなくでございます。ある方のお世話でこの佃島に嫁いで来ることができまして。」 次「それはよござんしたなぁ。お達者で何よりでございますよ。そうですか。そう言われてみると、なんか少しお色は黒くなったんじゃありませんか。」 女「 毎日、潮風に吹かれておりますとこういうことになります。まことにお恥ずかしい話で。」 次「 いえ 恥ずかしいことありませんよ。器量の良い女の人が浅黒い。色が黒い分だけ、ちょっと婀娜(あだ)っぽく見えますからね。器量が良くなきゃいけませんよ。ただ黒いってのは良くありません。いや、ハハハハハ、私も他所のおかみさん捕まって何を言ってるんだか。いやぁ、それにしてもよくあたしの顔を覚えていてくれましたね。」 女「とんでもございません。忘れることはできませんで、命の恩人でございます。そんなお方を忘れるわけがございません。あの時に、お名前も、おところもお伺いしそこないました。ただお顔だけはハッキリと覚えておりましたので、いつかどっかで会えるであろうと、神様にお願いをしておりました。今 ちょっとお見かけして、きっと旦那じゃないかと思いました。今舟に乗られてしまえば、またいつ会えるかわかりませんので慌てて止めた、こういうわけでございます。まことにあいすみませんでした。」 次「いやいや、お元気で何よりでございますよ。あたくしも、助けたかいがあるってぇもんですよ。ああ、よかったはいいんですけどねえ・・・・・(行く舟を見ながら)これは弱りましたなあ。あたしはね、あの舟に乗って帰らなくちゃいけなかったんですよ。あなたご存じないでしょうけれどもねぇ。うちの家内というのは、大変なヤキモチ焼きでしてね。あの舟に乗って帰らないと何を言われるか。」 女「亭主(やど)が船頭をいたしております。いつなんどきでもお舟を出しすることができます。お急ぎでもございましょうけども、手前共にお立ち寄り頂けませんでしょうか。汚いところではございますけれども、すぐそこでございますので 連れ合いに会って頂きとうございます。」 次「舟を出していただけるのですか?それ聞いて安心しました。それではひとつお伺いいたします。」女「ありがとう存じます。こちらでございます。どうぞお上がり下さいませ。」 次「いやぁ、まことに結構のお住まいですなぁ。」 女「いいえ、もう汚いところでございまして。」 次「いやいやそんなことはありませんですよ、ええ。いい風が入ってきますなぁ。」 女「それだけが取り柄の家でして。まもなく主人も帰ると思います。いつぞやは、本当にありがとうございました。あたくし、まだ主人に奉公している身でございまして、主人の金五両を無くしてしまい、言い訳なさに吾妻橋から身を投げようとしたところを旦那に助けられました。その時のご恩を忘れたわけじゃないんですが、年の若い時分、嬉しいのと決まりが悪いのとで、旦那のおところもお名前も伺うのを忘れておりました。旦那が『早くお店へお帰り』と言われたので、慌てて駆け出してお店へ帰ってまいりました。あくる日になって、落ち着いてから、旦那のところへお礼に伺わなくちゃいけないと思って、ご主人に話して、さぁ行こうと思って、そこで初めて、お名前もおところも伺ってないことに気がつきましたが、もう後の祭でございます。ご主人には叱られるし、また連れ合いと一緒になりましてからも、旦那の話が出るたんび、小言 のべつ 言われておりました。なんとか旦那にお会いしたいと思っていたのでございますが、先ほどの船場(せんば)で、もしやと思って声をかけさせていただいたのでございます。先ほどの船場(せんば)で、もしやと思って声をかけさせていただいたのでございます。本当にあの時にはありがとうございました。何とお礼を申していいのか。本当にもう、こうやった会えたのがあたくし、これで助かったような気持ちがいたします。」

次「いやいや、手を挙げてくださいよ。いいじゃありませんか。気にすることはありませんよ。そこまで思っていてくださるだけで、あたしも、いいことをしたなと思って、なんか嬉しくなりますよ。あたしもね、忘れていたくらいのことなんですからねぇ。かえってあたしの方が決まりが悪いってもんですよ。あ、女将さん、立たないでくださいね。あたしはすぐお暇しますから。」 女「何もございませんが、お祭り時でございますので、お煮しめでございます。こちらお茶代わりでございます。どうぞあのひとくち・・・・・。」 次「え、お酒?いや、お酒はよしましょう、ね。ご亭主の留守にね、お酒をご馳走になったというのは、ちょいとこれ具合が悪いですから、お酒はよしましょ。」 女「ウチのも、よぉく旦那のことは存じ上げておりますので、あたしが叱られてしまいますから。どうぞお酒を召し上がって頂きたいんでございますが。」 次「そうですか、旦那もよくご存じで、じゃあ・・・・・、ま、一本だけ、いただいてああ、はいはい、頂戴いたします。はいはい。それじゃ、いただきますよ。(飲む)いい酒でございますねぇ。」 女「さようでございますか。さあ、どうぞ召し上がってくださいまし。」 次「ええ、どうも、ありがとうございます。いやぁ、あたしはね、祭りが好きなんですよ。こどもみたいな話ですけどね、方々の祭りを見て回るんですけど、今年のまた、佃の祭りがよござんしたなぁ。六角神輿っていうんですか。あれが、他とはちょいと違うもんでしてね。ええ、いやぁ、すっかり酔いしれました。ああ本当にね、この佃の・・・・・・何ですか。表へ人がバラバラバラバラ駆け出していくようですけれども、喧嘩かなんかですかね。」 女「まあ、なんでございましょうか。お祭り時でございますので、みんな気が張っておりますから、よると触ると喧嘩ばかりなんでございまして、女子供は、危なくて外へ出られないんでございますけれども・・・・・しかし本当にうるさい騒ぎ、これいったいなんでしょうね。(外を行く者に向かって)ちょいと、卯之さん!」 卯之吉「姐さん!!すまねえ!!この着物預かってくんねえか?!」 女「どうしたんだい、喧嘩かい?」 卯「喧嘩じゃねぇんだよ。終い舟が大勢乗せすぎてコレ(ひっくり返す仕草)んなっちまった。これから、みんなで助けに行こうってんだよ。」

女「気を付けるんだよ、怪我しないように。あそれからうちのに会ったら戻ってくるように言って訓ええねえか。吾妻橋の旦那をお招きしてるって・・・・いやそう言えばわかるから、頼むよ・・・・・旦那、お聞きになりましたか?」

次「聞きました・・・・・何か口を利くのも恐ろしいぐらいであれが沈んだということになると、亡くなった方もさぞ・・・・・。もしあたしがあの舟に乗っていたら、あたしゃカナヅチなんて生やさしいもんじゃなくて柄のないカナヅチなんで・・・・・。今度は、あたしが女将さんに助けられたようなもんだ。ああ、今度はあたしがお礼を・・・・・。」 女「何をおっしゃるんですか、いいじゃありませんか。どうぞお酒を召し上がっていただいて・・・・・。」 次「いやいや、お酒はよしましょう。御覧なさい。総毛立ってきました。お酒はけっこうでございます。御覧なさい。総毛立ってきました。お酒はけっこうでございます。」 女「さようでございますか・・・・・あ、うちのが帰ってまいりました。もうちょっとお待ちくださいまし。お前さんどうしたい?」 金五郎「おっかぁ、塩振ってくれ。いやいけねえ。助かったやつはひとりもいねぇ。船着き場は死骸の山だ。泳げるやつが助けようと思って飛び込んだ。また、そいつに五人も六人もひっつかまるから、助けに飛び込んだやつもみんな死んじまったんだよ。引き取り手がどういう心持ちになるんだろうと思うと、とても他人事(ひとごと)じゃねぇや。いやぁな心持ちになって帰ってきたんだあ・・・・・ああ聞いた、吾妻橋の旦那がお見えなんだって?」女「それがねえ、あの旦那も終い舟にお乗りになるところだったのだよ。」 金五郎「それをおめえが止めたのか?そうかい・・・・そいつあ・・・・・。こんなんじゃしょうがねぇ。おいちょっと待ってろ。」 真っ黒で引き締まった体つき、ふんどし姿。裏へいきますというと、井戸から水を汲んでまいりまして、頭からザパーッ、ザパーッと五、六杯かけますというとさっぱりとした浴衣に着替えまして、真新しい手拭いをぐっとつかみましてー

金五郎「お初にお目にかかります、あっしは船頭の金五郎と言うものでございまして、三年前には、この野郎のことを助けて頂きまして、どうもありがとうございました。まぁ、この野郎、そそっかしいってんで、命の親の旦那のおところもお名前も聞き忘れたってんで、一緒になってから、もうのべつ小言でございます。お名前くらい伺うのが当たり前じゃないかって。まあ小言を言ったって、旦那にお会いできるわけもなし。こいつもね、ご恩を忘れたわけじゃないんです。こういうときゃ神頼みと思いましたけどね、無精者でございましてねぇ。心安い神様が誰もいねぇんすよ。あっしはね、あまり神棚に手を合わせたことねぇんです。たまに義理でもって、ちょいとこんなことやるんです。こいつは毎日拝んでます。旦那、ちょいと神棚みてやってもらいてぇんです。こいつが書いたんです。下手な字で持って、「吾妻橋の旦那様」紙に書いて、横に貼ってあるでしょ。『旦那様とお会いできますように。この野郎を助けてもらいやしてありがとうございました。』と、一生懸命二人でもって、旦那のことを拝むんですよ。今日こうしてお目にかかれた。何とお礼を申していいやら、こちとら貧乏ですから、銭っこはできませんけれども、体を使うことはできますから、旦那のためでしたら、たとえ命を投げ打ってでもお助けいたしますから、どうも、ありがとうございました!本当にありがとうございました!!」 次「もうよしにしましょうよ。罰が当たりますよ。女将さん、あれすぐに外してくださいよ?」 金「惚気るわけじゃありませんが、何一つ不足はありゃしません。こうやって幸せにいられるのは、旦那に助けていただいたおかげです。」 次「顔を上げて下さい。助けた、助けられたじゃございませんで、ああ、申し遅れました、私は「神田お玉ヶ池」で小間物屋渡世をいたしております「次郎兵衛」と申します。」 金「ええ、神田の、小間物屋の、次郎兵衛さん。おめっ、忘れんなよ、ええ?」 次「実は、いま沈んだと申します終い舟、あたくし乗りましたところ、おたくの女将さんに引き止められました。あたくし、女将さんに助けていただいたんでございまして・・・・・。」 金「話は聞いております。あの舟に乗ろうとしなすったんですね。それをこいつが・・・・・違います、違いますよ。この野郎が助けたんじゃないんですよ。旦那みたいな人を殺しまっちゃあ、神も仏もねぇもんかってんでね、おてんと様が助けてくださったんですよ。そうに決まってますよ。ま、一杯、いきましょ。」 次「お留守にお邪魔をいたしまして、もう散々ご馳走になったんでございます。こんなときに誠に申し上げにくいんでございますが、向う河岸まで舟を出して頂くというわけには参りませんでしょうか。」金「いえ、お出ししてお送りしたいのは山々なんですがね。こういう間違いがあった時、この舟を出したりなんかするってぇと、役人もうるせえしね、仲間の手前ちょいと具合が悪いんですよ。今晩一晩泊まっていただけると言うと、ありがたいんでございますがね。こんな貧乏所帯ですからおもてなしって程のことはできませんが・・・・・・。ま、いろいろ話をさせて頂きたいこともあるんでございます。おい、おめぇのほうからもお願いをしねぇかい。」 女「私は、実の父親母親がおりませんので、旦那のこと本当の親だと思っております。どうぞ今晩一晩泊まっていただきたいのでございますが。」 金「いや、かかぁもこう言ってるんでね、一つお願いします。」 次「ありがとうございますが。実は私、暮六つの終い舟で乗って帰ると言って出てきたんでございまして、うちの家内というのが大変なヤキ・・・・・、心配性でございまして、帰らないと、向こうでも、まあ困ってると思うんでございまして、舟を出していただきたいのでございますが・・・・・。」 金「そっすか・・・・・泊っていただけるというと助かるんですけどね。じゃあ、わかりました。こうしやしょう。あっし、もう一度あっち行って様子を見てきます。で、船場が落ち着いてたら、舟をお出しします。どんなことがあっても、旦那を送っていきますんで。それまで旦那、ここで待っててくださいよ。おめぇ、お相手をして。魚屋行って、刺身用意してこい。」 次「わかりました。待たしていただきますので。お気を付けて・・・・・いい方ですねぇ。あなたも、いい人と一緒になりなすった。舟を出していただけると聞いて安心をしました。じゃあ、もうしばらく待たしていただきましょう。」命を助けていただいた大恩人だと思うから、大変なもてなしよう。
次郎兵衛さんも、嫌いじゃありませんから、それじゃあってもんで、杯を重ねる。 次「まあ・・・・・(怪しい呂律で)おかみさんもイッペエどうれすか・・・・・。」 なんて酔っ払ってしまいまして。

次郎兵衛さんの方は、これで良かったんですけれども、すまないのは、ウチの方でございまして、暮六つの終い舟で必ず帰るといったのに、帰ってまいりません。女将さんの方はもう気になって気になって仕方がない。 どこ行ったんだろう、ことによったら、やっぱり、祭りじゃなくて女んところにでもいるんじゃないかしらってんで、もう、ヤキモチがもたげてまいります。
半時ほど待ったんですけど、もう辛抱できないってんで、表へぽーんと駆け出しまして、佃の方角をじっと見ておりますと、向こうから人がバラバラバラと駆け出してまいりまして、終い舟が沈んじまったという声が。

噂というものは、尾ひれがついて大きくなってくる。元はというと、終い舟が一艘ひっくり返って、助かった者は一人もいないというんだったんですが、これが、だんだんだんだん死んだ者の数が多くなってきて、五百人死んだ。いやそうじゃないよ、聞いたところによると、千人死んだ。いや、佃島行ったもんは一人も助からなかったそうだよ。ってのがおかみさんの耳に入ったもんですから、おかみさん、そのままウチへ入っていきますというと、おっかさんの膝へ、わぁ~ってんで泣き崩れてしまう。 昔のことでございますから、町内の人が集まってまいりまして、いろいろとやってくれるわけでございますけれども。 熊「おい、八っつぁん、聞いたかよ。」 八「聞いた聞いた、次郎兵衛さん死んじゃったんだってな。夕べ(ゆんべ)湯で一緒だったんだよ、驚いちゃったよ。湯の帰りがけにね、言われたんだよ、俺。『明日、佃の祭りがあるんですけど一緒に行きませんか。』って。ちょっと用事があるからって言って断ったんだけど。」

熊「悔みに行かないといけないだろう。今月の月番は?」 八「与太郎だ。」 熊「まずいやつが月番だね。だけど月番なんだからな、行って挨拶くらいさせないけねぇや。おぅ、与太いるか、与太!」 与太郎「(間抜けな感じ)ああ~皆さんお揃いでぇ、なぁに?」 熊「なぁに?じゃねえんだよ。次郎兵衛さんが亡くなっちゃったい。」 与「へぇ、どこへ?みんなで探しに行くの?」 熊「そうじゃねぇんだよ。次郎兵衛さんが死んじゃったの。」 与「今度初めて?」 熊「あたりめぇだよ。」 与「よしゃいいのにねぇ。」 熊「誰だってよしゃいいんだよ。舟がひっくり返っちゃったんだよ。」 与「舟がひっくり返っても、泳ぎゃいいじゃあねえか。」 熊「泳げねぇときてんだよ。」 与「なぜ習わねえ。」 熊「いまそんなこといってもしょうがねえじゃねえか。皆で『くやみ』を言いに行くんだよ。」
ってんで、次郎兵衛さんのうちへ、上がり込んで、とにかく、昔の江戸っ子というのは大変やることが早うございまして、大きな棺桶を買って、真ん中へ据え。お線香をたてます。お坊さんを呼んでまいりまして、お経を読んでもらう。簾を裏返しにしまして、忌中という札を張る。しかし、悔みというのは難しいもので、特に急なもんですから、何を言えばいいかわからない。

八「おっかさん、この度はとんだことでございました。おかみさん、悔しいでしょうね。いやぁ、祭りなんかどこでだって一緒なんだからさぁ、行かなきゃよかったんだよ。実はね、あっし、夕べ(ゆんべ)湯で一緒だったんですよ。誘われたんですけどね、断って良かったと思って。いやいや、そういう意味じゃないですけどね。とにかくあの、今朝うちは赤飯・・・・いやいや・・・・・こんな日は何を言ったらいいかわかりませんけどね・・・・仏様のような人が、ほんとに仏様になっ・・・・・なんなんでございますねぇ。まぁ、あの~早い話が、病気で亡くなったっていうなら、おっかさんも、あきらめようがあるでしょうが、舟がナニしてね、ナニしたってぇことになると、あきられめきれねぇとお気持ちを察しますよ、あっしは。こういう時ですから、もしナニすることあったら、あっしらに言ってくれたら、いつでもナニしますから。・・・・・どうも、ごめんください。」 熊「なんだよ、あいつは。言ってることがちっともわからねえじゃねぇか。本当に悲しいなと思えば、そんなこと出るわけねぇんだよ。本当に。(泣きながら)おっかさん!おかみさん!この度はまことにご愁傷様でございます。あっしはね、なんといってお悔やみ申し上げたらわからねえくらいなんですよ。次郎兵衛さん、ほんとに死んじゃったんですか。あんないい人が死んじゃうなんてねぇ。あっしはね、何をおいててでも、真っ先(まっつぁき)に駆けつけなくちゃいけねってのはね、今のあっしのかかぁね、次郎兵衛さんのお世話でもらったんですよ。いい かかぁでね、これが。何がいいって、朝早く起きますしね。料理もうめぇんですよ。針仕事だってちゃんとやりますしね。それに、器量だって悪くないんですよ。御かみさんの前ですけどね、近頃、あっしが外から帰ってくるってぇと、いつも一緒にいるんですよ。そばくっついて離れないんですねえ。だからあっし、うちに帰るの楽しみなんですよ。どこ行くんでも一緒でね。仲間がそう言ってますよ。『あれは夫婦じゃねぇよ。まるで色だねぇ。』どこ行くんでも一緒なんです。ところがね、おかみさんの前ですけど、ここんとこちょっと変わってきたんですよ。いままで、あっしが『おい』って言うと、『はい』なんて言ってたんですけど、近頃は『ダメよ』『いけません』なんてこんなこと言っておかみさんは女だからわかんないでしょうけどね、男なんてぇもんは、ダメと言われると余計にこう、カーッ!と燃えてくるところがあるんで、あーら、弱っちゃって。へっへっへ・・・・・ごめんなさい。」 八「惚気てやがる、悔みじゃねぇよ。おい、与太、行ってこい!」 与「えー、どぅも、おっかさんにおかみさん。どうも、このたびは、ごしょうしょう、しょうしょう、しょうしょう・・・ごしょうしょう様でございました。舟がひっくり返って死んじゃったって、ええ?ひっくり返ったってね、あがってくりゃいいのに。それをあがってこないなんて、次郎兵衛さんって人はぁ・・・・、遠慮深ぇ。」 熊「おい、与太!おめぇ、ひっこんでろ!」

こま「どうも、ほんとうに、みなさま方に申し訳ないと思っております。ただ、あたくしがね、次郎兵衛を佃島にやらなきゃよかったんですけど。あたし止めたんです。止めたんですけど、どうしても行くっていうんです。みなさま方、普段からあたしがヤキモチ焼きだ、ヤキモチ焼きだっていうから、次郎兵衛だって、それに負けない気になって出て行ったんですよ!早い話、次郎兵衛を殺したのはあなた方なんですよ!!」 熊「いやいや、おかみさん、気持ちはわかります。こういう時には誰だってこうなるもんですよ。ねぇ。みんなに好かれていた次郎兵衛さんのこってすからね、長屋中のみんなでお手伝いしてぇ、そろそろ段取りをしようじゃねぇかって言ってるんです。ああ、おかみさん・・・・・泣いて悔んでらっしゃるのhはごもっともだ。よくわかるんですけれどもね、段取りがあるもんで、次郎兵衛さんを引き取りに行こうと思うんですけれども、よくあるんですよ、大勢一緒に死んじまった時に間違ったものを持って帰ってきて弔いを出したってことが。行く前にちょいと女将さんにね、次郎兵衛さんの体つきを聞いてから、それで行こうと思うんですけれど、えー、何かありますか。ここんところ大事なところですからね、一つお願いしますよ。どんな格好でお出かけになったんです? こ「あい、すいません・・・・・白薩摩の着物を着てまいりました。」 熊「ああ、そうですか。ちょいと矢立てある?あ、半紙ある。書いといて。ええ、いいね白薩摩ってのは。好きなんだよ。あ、茶献上(ちゃけんじょう)の帯、これもいい帯ですねぇ。雪駄(せった)が?ああ、煙草入れをさして、そのまんまの形で死んでいてくれればいいんですけど、そんなことねぇと思うんですよ。なにしろ水ん中ですから、とにかく苦しいもんですから、もがきましてね。身に着けてるものはみんななくなってると、こう思わなくちゃいけないんです。裸んなってね、こう目印というような、体に何かそういうようなものがありませんかね。あれでしょ?おかみさん。次郎兵衛さんが裸になってんのよく見てんだろうから、何かありませんかね。」 こ「どうしてもわかりませんようでしたら、左の二の腕をご覧になればわかると思います。」 熊「左の二の腕、裏の方?こっちの方?何があるんです?傷ですか、痣ですか、ほくろですが、いぼかなんですか。」 こ「はい。『こま命』とあたしの名前が刺青になって入っております。」

ク「そーすかー!どうもごちそうさまでございます・・・・これでわかったね。じゃあ、半分は仮通夜をして、あとの半分は、『こま命』を探しに行こう!じゃ、頼むよ!。」
こんなこととは知りませんから、次郎兵衛さんのほうは、船場が落ち着いたというので船頭さんに送ってもらいまして

次「こんなところまで送って頂きまして、本当にありがとうございます。あぁ、あそこでございます。簾がかかっておりまして、いま人がばらばらばらって。あそこが私のウチでございますので、あの、ちょっとお立ち寄りをいただきまして・・・・・。」 金「そういうわけにはいかねぇんですよ。こういう間違いがあった時にゃあね、またすぐに戻らねぇと、仲間内でいろいろとまずいもんでして。ここまでお送りしたのはですね、実は家を覚えたかったんですよね。これで覚えましたんでね。今度は、かみさんと二人で泊るつもりで伺いますね。ですから、今日はこれで勘弁をしていただけますでしょうか。」 次「わかりました。じゃ、無理なお引止めは致しませんので、おかみさんに宜しくお伝え下さいまして、お気を付けて。ありがとうございました。・・・・・いい人だなぁ。あれが本当の江戸っ子って言うんだろうね。早くに帰ろう。あれ、灯りがついてるな。・・・・・ははぁ、アレが待ってますよ。起きてるんだろうなぁ。またうるさいだろうなぁ。いいや、ちゃんとしたワケがあるんだから。あれ・・・・お経が聞こえてきたよ。「忌中」って札が貼ってある。誰が死んだんだっ?おっかさんか?おいおいおい、まずいね、おい。実の親が死んだってのに、こっちは祭で浮かれてるなんていうことがしれちまったら・・・・・だけど、神信心に出かけて、親の死に目に会えないってことがあんのかな、これ。ああ、ああ、もうみんな忙しそうに出たり入ったり、出たり入ったりしてくださってる。あれ?おっかさん見えてるじゃない。こまもいるじゃないか。じゃあ、いったい誰が?こんなところで考えてても仕方ない。とりあえず入ろうか。はい!どうも、ただいま帰りました!皆さんどうもすみません色々と。」 ハ「へいっ!!!どちら様?だーーーーーーーーーっ!!!だ、だ、だ、だ、だ!!!!」 ク「なんだよ、あんなところでしゃがみこんじゃったよ。」 ハ「じ、じ、じ、じ、じ!!!」 ク「セミだね、まるで、おい。ひっこんでろ、俺がでるから、えぇご苦労様でございます、どなた様で・・・・・だーーーーーーーーーっ!!!だ、だ、だ、だ、だ!!!!じ、じ、じ、じ、じ!!!だめだめだめだめ!!次郎兵衛さん、うかんでうかんでうかんで!!」

次「うかんでって・・・・これは誰の弔いですか?」 熊「お前さんだよ!そそっかしい幽霊だな、ほんと。自分が死んだの忘れて戻ってきやがった・・・・・お前さんは、佃の祭りに行ってね。終い舟に乗って死んじゃったんだよ!」 次「あぁ、申し訳ない。そうじゃないんですよ。いや、聞いてください。おっかさんも、いろいろ心配をかけて申し訳なかった。いや、お前も聞いておくれ。そうじゃない。あたしね、終い舟には乗ったんだけど、三年前に吾妻橋でもって身投げをしようとした女にね、五両もの金を恵んで助けたことがあった。その女に引き止められて、酒をごちそうになって、舟に乗らずに助かったんですよ。」 ク「ええ、そんなことってのはあるんですか。はぁ~、情けは人の為ならずなんてぇ事言いますけれどもね。こら驚いたね、おい、おかみさん泣いてる場合じゃないよっ次郎兵衛さん、生きて帰ってきたじゃあないか、ええ?助けた女の人のうちで、お酒飲んでたんだってさ!何もなかったと思うかい?ハハハハ!」 こ「どうせこの人はそうですよ!女の人だから助けたんですよ!男の人だったら、ほおり込んでる!」ク「こんな時に焼かなくてもねえ。いやぁ、よかったよかった。よかったけどなあ。坊さんにも来てもらって、気の毒なのは坊さんだ。どうもすみませんね、こういうことなんで。」 坊さん「いやいや、こういうことはかえって間違いがよろしゅうございます。『積善の家に余慶あり』良いこ。とはしておきたいものです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

これを隅の方で聞いておりました、さっきの与太郎。
与「そうか、人に五両の金を恵んでやって、身投げをしようとした人を助けりゃ、自分が助かって死なねぇですむんだ。よぉし、おらぁ身投げをしようとしている人を見つけて助けよう。」
家財道具を売り払って五両の金を算段し懐にいれて、身投げを探し出した。身投げの本場ってぇと向島だが、どうも見つからない。身投げなんて探したって見つかるもんじゃない。 三日目は、本所から深川を探そうってんで、永代橋のところにかかってきた。 ひょいと橋の真ん中のあたりを見ると、年頃二十五、六になります色の白い綺麗なおかみさん。頭はってぇと、結び髪にしておりました。目にいっぱい涙をためて、欄干に寄りかかって手を合わせてるのを見つけた。

与「あぁ、身投げだ。ありがてえ。」 そーっと後ろから行くってぇと、いきなり女将さんにかじりついた。 与「お待ち!お待ち!待ちな!」 女「あ!離してください、離してくださいよ!」 与「待ちな!五両のお金がねぇから、死のうってんだろう?俺がやるから助かれ!身投げなんかするな!」 女「な、な、何を言ってんだよ、この人は!身投げじゃないよ。あんまり歯が痛いから戸隠様に願をかけてんだよ!」

与「嘘だあ、ちゃんと沈むように、袂にこんなに石があらぁ!」 女「石じゃあないよ、納める梨だよ。」
原話は中国明時代の説話集「輟耕録」所収の「飛雲渡」だそうです。占い師より寿命を30年と宣告された青年が身投げの女を救ったおかげで船の転覆事故で死ぬ運命を免れる話だそうです。その後、南町奉行の根岸鎮衛が著書『耳嚢』第6巻に「陰徳危難を遁れし事」の題名で、飛雲渡を翻案したものを掲載した。こちらは「ある武士が身投げの女を助け、後日渡し場でその女に再会して引き留められたおかげで転覆事故から逃れる」という内容で、より現在の形に近くなっているようです。
私が最初に聴いたのは十代目・金原亭馬生師演です。「NHK東京落語会」でした。穏やかな語り口でありながらスケールの大きさが伝わってくる師の魅力を改めて感じさせてくれる高座でした。島の若い衆が渡し舟の事故を伝えてくる件はゾッとしましたね。その後二代目・桂文朝師演、二代目・三遊亭金翁師演、五代目・三遊亭圓楽師演、現・柳家権太楼師演をTVで視ました。CDでは五代目・古今亭志ん生師演、三代目・三遊亭金馬師演、五代目・春風亭柳朝師演、三代目・古今亭志ん朝師演を聴きました。三代目・金馬師演はTBSラジオでも聴いたことがありますが、その時は背景に祭囃子が流れてましたね。五代目・柳朝師演では次郎兵衛さんの口を通して「佃祭」の見どころが詳しく語られてます。
つくづく残念だに思うのはサゲが現代の人にはピンときづらいことですね。
江戸時代、虫歯の時には、戸隠神社の神様へ「ありのみ(梨)」を断つと言われてました。 梨へ自分の名前、生まれ月日を書きまして、どこの歯が痛いというのをちゃんと書き込んで、橋の上から戸隠様を拝んで、そしてこの梨を川に流す。それからあと、梨を食べないようにしてるてぇと、虫歯が治ったなんて言いました。
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に、以下に記す五社を配する神社です。戸隠は蕎麦でも有名なところで私も観光に数回出かけたことがありますが、選択に迷うぐらいお蕎麦屋さんが立ち並んでいるところですね。 宝光社(ほうこうしゃ)火之御子社(ひのみこしゃ)九頭龍社(くずりゅうしゃ)奥社(おくしゃ)中社(ちゅうしゃ)を配し、その中でも九頭龍社は雨乞い、縁結びの他、虫歯・歯痛にご利益があると言われていた。氏子の人によると祭神の九頭龍大神は梨が好物だそうですね。

涙が出るほど歯痛に耐えながら橋の欄干から戸隠様を拝んでいる姿は、後ろからは「身投げ」をしようとしているようにも見えたそうです。医学が発達し、神様に願をかける習慣がなくなった現代ではピンと来づらいでしょうね。サゲまで演じる時はこの習慣をマクラできっちり説明する必要があるのですが、私が聴いた中で五代目・圓楽師、現・権太楼師はサゲまで演じずに死んだと思われていた次郎兵衛さんが戻ってきてドタバタしている場面で終わってました。 また、二代目・金翁師は与太郎が漸く三両の金を都合して、江戸中を探し回った挙句に身投げしようとしている女を止めたところ五両の金が必要だと言うので、「『身投げ』も」相場が上がったというサゲをつけてましたが、今一つ後味が良くない感じがしますね。
佃祭が行われる住吉神社(佃島)の歴史は、徳川家康と大阪の漁師たちとの間に結ばれた深い「絆」と「恩返し」から始まっているそうですね。 現在の東京都中央区佃(佃島)が誕生し、お祭りがこれほど盛大になった背景は、どうも戦国時代からその劇的な歴史ドラマが始まっているようです。
天正10年(1582年)、織田信長が倒れた「本能寺の変」が起きた時、徳川家康は少数の家臣とともに大阪の堺に滞在していました。 明智光秀の軍から命を狙われる形となった家康は、急いで本拠地である三河国(現在の愛知県)へ逃げ帰らなければなりませんでした(「神君伊賀越え」と呼ばれる家康最大の危機)。

この時、神崎川(現在の大阪市西淀川区周辺)で船を出して家康一行を無事に渡らせ、さらに道中食として小魚の煮込み(のちの佃煮の原型)を差し出したのが、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)の漁師たちでした。 家康はこの恩義を生涯忘れませんでした。 天下人となった家康は1603年に江戸幕府を開きます。 未開の地だった江戸の街づくりを進める中で、急増する人口に対する「食料(魚介類)の確保」が大きな課題となりました。 そこで家康は、高度な漁猟技術と操舵技術を持ち、かつ信頼できる大阪佃村の名主・森孫右衛門と漁師33人を江戸へと呼び寄せました。 そして彼らに以下の破格の特権を与えました。 江戸湾(東京湾)での広大な漁業特権(ご免状)将軍家に魚を納める「御菜御用(おさいごよう)」の役割独自の海上偵察や隠密・警備活動を行う権利。 そして年貢の免除。 その後、3代将軍・徳川家光の時代(17世紀半ば、摂津国佃村から移住してきた漁師たちにより隅田川河口の干潟を埋め立て築き上げられたのが「佃島」だそうです。「佃島」という名前には彼らの故郷の「佃村」の一文字が冠せられているのです。 1646年、漁師たちは故郷の摂津の田蓑神社から分霊を勧請し、住吉神社(佃島)を創建しました。

この神社は、江戸湾の海上安全の守護神であると同時に、恩人である徳川家康を祀る役割も担っているそうです。
以来、住吉神社の例大祭(佃祭)は、 江戸幕府に許可された由緒ある祭りとして今日まで続いているそうです。 揃衣の若衆が獅子頭の鼻先めがけ殺到する獅子頭宮出しや、

隅田川を渡御する船渡御祭、 江戸三大囃子のひとつである佃囃子にのって、 高さ二〇米にも及ぶ六基の大幟のもと繰り出される八角神輿がこの祭りの大きな見ものです。 今年私が見に行った日は八角神輿の繰り出しが行われてました。


私が「住吉神社例祭(佃祭)」の本祭を例年のように見に行くなったのは、2008年(平成20年)のNHK連続テレビ小説「瞳」がきっかけであったのですが。 ドラマの中では「八角神輿」担ぎに参加することが一度失われた家族の絆がよみがえるきっかけになってましたね。
佃島は出来た当時は、離れ島であったので噺のように、渡し船が交通手段でした。 以前にNHKテレビで渡し船で多くサラリーマンが通勤する昔のニュース映像を視たことがあります。 1964年(昭和39年)の8月27日、佃大橋が完成し、隅田川最後の渡し舟は営業を終了しました。

佃1~2丁目あたりを歩いていると昔の風情を思わせる家並を見かけるのですが、タワーマンションなるものも点々と見かけます。 このあたりの相続税もかなりなものでしょうね。再開発とともに街並みは変わることがあっても是非伝統的な祭りは残って欲しいものです。
海老、小魚、昆布、葉唐辛子などを甘辛く煮しめた「佃煮」が佃島の名物であることは言うまでもありません。
佃島の漁師たちが悪天候時の食料や出漁時の船内食とするため自家用として小魚や貝類を塩や醤油で煮詰めて常備菜や保存食にしていたのが始まりだそうで。雑魚がたくさん獲れると、佃煮を大量に作り多く売り出すようになったといわれ、保存性の高さと価格の安さから江戸庶民に普及し、さらには参勤交代の武士が江戸の名物・土産物として各地に持ち帰ったため全国に広まったとされてます。


隣の月島の名物となっている「もんじゃ焼きストリート」も祭りを見に行った時の楽しみになっています。今年もその中の一軒にて「海の幸」のもんじゃ焼きでビールを飲りました。(平日昼間から飲んでいる太え野郎ですみません。)


落語「佃祭り」のサゲの噺にもとりますが、記事を書きながらこんなのはどうかななんて考えてしまいした。
次郎兵衛さんが生きて戻ってきてめでたいとみんなで喜んでいるものの女房こまは、 こま「どうせその女と一晩中飲んでたんでしょう?さぞ楽しかったでしょうね。」 熊「おかみさん、ここは焼きもちを妬くところじゃありませんよ。」 八「そうですよ。出かけたのが佃なんですから、妬(焼)くんじゃなくて煮た方が良いでしょう。」 熊「焼くのはもんじゃだけにしておきましょう。」 ちょっと苦しいかな。
今年は3年に一度の本祭りでした。 他の年の陰祭りはどんな風に過ごしているのかも興味ありますね。 暑い日がまだまだ続きます。
身体に気を付けましょう。
明和6年(1769)3月4日のこと。
佃島住吉神社の藤棚見物の客を満載した渡船が、大波をかぶって転覆、沈没。乗客三十余人が溺死する大惨事に。翌年、奉行所を通じて、この事件への幕府の裁定が下り、生き残った船頭は遠島、佃の町名主は押し込みなど、町役にも相応の罰が課されました。
徳川家康が江戸へ招いた摂津国(現在の大阪市)佃村の漁師たちが、干潟を埋め立てて築いた島です。

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