「鳴り物」入りの噺

上方落語では噺の中で情景描写やクライマックスとなる場面になると、良く鳴り物が入りますね。関西では「ハメ物」と言うそうですが。

江戸では寛政10年(1798)に初代・三笑亭可楽師が江戸の下谷稲荷神社の「座敷」で木戸銭を取って「寄席」を始めたのですが、上方では長い事「小屋」で興行が行われており、通りがかりの人を「客」として呼び込む目的で「ハメもの」の他、張り扇と小拍子で釈台をカチカチ鳴らす派手な演出が行われていたようです。芥川龍之介先生に「上方落語では途中『鳴り物』が入る」という話をしたところ「嫌だねえ。」なんて反応があったという話を何かで読んだことがあります。                江戸落語では全く「鳴り物」が使われないのかと思いきや、「芝居噺」というのは演じられていたようですね。                                          天保の時代に始めたのは初代・三遊亭圓生師。その後、初代・三遊亭圓朝師、六代目・桂文治師、初代・三遊亭圓右師が売りにしてました。                                       噺のヤマ場になり、下座から鳴り響き始める下座音楽に合わせて口調が歌舞伎芝居がかりになり、背  芸達者な演者はその当時人気の歌舞伎役者の声色まで用いていたようです。                昭和においては、初代・林家彦六師、八代目・桂文治師が演じ、現在は現・林家正雀師に引き継がれています。ネタとして音源が残っているのは私が思いつくだけで初代・圓右師の「鍋草履」、八代目・桂文治師の「逸見十郎太」、初代・林家彦六師の「真景累ケ渕~宗悦殺し」「真景累ケ渕~水門の場」「双蝶々雪の子別れ」といったところでしょうか。現・林家正雀師は師匠ゆずりの「真景累ケ渕」「怪談牡丹灯籠」「緑林門松竹」「鰍沢」「お藤松五郎」「戸田の河原」等も芝居噺で演じてます。

芝居噺だけでなく怪談噺などでもしばしば「鳴り物」は使われます。

薄ドロの太鼓と「寝取」という三味線の音楽とともに現れる幽霊。

今回は私が初めて聞いた「鳴り物」入りの怪談噺を紹介します。

 魂 香

長屋に住むやもめの八五郎。

 

                                   毎晩隣に住む僧の道哲の叩く鉦の音に悩まされている。

八五郎「ウアァァ、気色悪いい...畜生、隣の坊主、また鐘叩きやがった!

 どうしてあん畜生は、夜中ンなるってぇと鐘叩きやがるかねぇ。長屋の子供が怯えちゃって手水にもいかれやしねぇ。あのやろう、こらちょっと文句言ってやろう。(トントントントン)オウッ!(トントントントン)ちょっと!(トントントントン)開けてくんねぇっ!」                       道哲「はい...はいはい、どなたで、ございますかな? お声のご様子では、ご隣家の八五郎殿かな? 締まりはございません。どうぞ開けてお入りを。」                    八「開けてお入りじゃないよ! どうしてお前は、夜ンなるってぇとそう鐘を叩くんだよ! 長屋の子供が怯えちゃって手水場にも行けやしねぇ、みんな寝ションベンばっかしてらぁ...おれもこないだしちゃったけど...なんだっておめぇ、夜ンなると鐘叩くんだよ!?」   

          道「.夜分、まことにおやかましい次第でございますが、わたくしが鐘を叩きますのは、亡き妻の回向をしておりますので、どうぞ、おやかましい段、ご容赦を願います。」              八「亡き妻...? へぇ、お前さん、カミサンいたのかい?」                 道「はい...ただいまこそ、頭を丸め、名も道哲と申しておりますが、若いころには島田重三郎と申し、二本差す身でございました。」                              八「ふんふん、いや、お前さんが侍だったってぇことはね、長屋のもんに聞いて知ってるがね、それがどうして?」                                         道「若いころ、友達に誘われましてな、花の郭に足を踏み入れました...。」           八「へえ~柄にもないことしやがったね。」                            道「はい。わたくしの相方に出ましたのが当時全盛の、三浦屋高尾太夫。お互いに気性の合うたものと見えましてな、末は夫婦とのかたい約束をいたしまして「好いつ好かれつ、好かれつ好いつ」という間柄で。」                                            八「殴るよ、こん畜生は。人を夜中に起こしやがって、惚気いってやがんな。」           道「惚気ではございません。話の順序ですので聞きを願いたい。その高尾がな、金を万と積まれ仙台公に見受けの相談。わたくしのところに参りましてな、なんとかいたしてくれぇとな。わたくしも浪々の身、身に一文の蓄えもございません。今までのことは無き縁と諦めてくれぇと申しました。高尾の申しますには、仙台公のところに参りましてもあなた様に操をたて、必ず生きてはおりません。わたくしの亡き後はどうぞ十分回向のほどをと...そのとき取り交わしましたのがこの、魂返す反魂香。この香をば火の中にくべますときは、煙の中から高尾の姿が現れます。菩提を弔うため、鐘を叩いております。おやかましい段、なにとぞご容赦を願います。」  

八「ええ? じゃ、なにかい、その香をくべるってぇと、あれかい? 幽たがでてくるってぇの? ...へっ、う、嘘だい! そりゃぁねぇ、芝居なんかでそういうのが出てくるけどさぁ、そんなもの、実際にいるわけが...えっ? 今、見せてくれるの? ここで? 悪いねぇ。なんならいくらか木戸銭だそうか?」                                   道 「いえみせものではございません。あなた様の疑いを晴らすためにそうしますので...すまんがその戸を閉めていただきたい。もそっとこちらへ...もそっと...よろしいかな...この香をな、かよう火鉢にくべますとな! ...」                                 

(ここで「幽霊」の出の鳴り物『寝取』の合方)

高尾の霊「お前は...島田...重三様...」                       道「そちゃ女房、高尾じゃないか! 」                             高「取り交わせし反魂香...徒に焚いてくだしゃんすな...香の切れ目が...縁の切れ目...」                                         道「そりゃ焚くまいと思えども、そなたの顔が見たきゆえ、俗名高尾! 尊称菩提、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏(鳴り物終わる)..ごらんになりましたかな?」                          八「へえぇぇっ! いやぁ、こりゃおでれぇた。きれぇなもんだねぇ、お前さんが鐘叩くのも無理ゃぁねぇや! 夜っぴぃて叩いてな。いゃぁ、長屋から何か言ってきたら俺が口利いてやるから、そう言ってきな。ときにね、ちょいとお前さんに相談があるんだけどね、いやぁ、あっしもね、三年前にカカァ亡くしちまってね、今ひとりで寂しくってしかたねぇんだ。今夜あたりね、カカァの面が拝みたくってね、お前さんのその粉、ね、ちょぃとこっちへ分けちゃもらえねぇかね。 」            道「これはわたくしと高尾が取り交わしましたもの。あなた様がお持ちなされてもなんの足しにもなりませぬ。」                                         八「んなこと言わねぇでよ! いや、少し...」                       道「少しでもいけません。」                                 八「わずか。」                                       道「わずかでもだめです。」                                 八「いらねぇや、そんな粉! もう頼まねぇや、そんなもなぁ、おれぁ、生薬屋行って買ってくらぁ! ちくしょう、あんなしみったれた坊主ってぇもなぁねぇなぁ! こっちが隣だと思うから下手に出てりゃぁ、よこしゃしねぇや! (トントントントンッ)おう、薬屋さんっ!(トントントントンッ)おう、薬屋さんっ!(トントントントンッ)開けておくんなさいっ!!」 

 薬屋の主人「はいはい...定吉、定や、表をなにやら叩いてらっしゃる。急病人かもしれませんよ。あけてお上げなさい。」                                   小僧定吉「へーい、ただいま(ポカッ)イテッ。」                       八「間抜けだねえ。人がこっち向いて叩いてるときにいきなり開けやがるからポカッといっちまうだろう!さあ寄越せ!」                                      定「風邪薬ですか?」                                     八「風邪薬じゃねえ、わかってるよ!」                             定「わかりませんよ。」 

                                                八「わからねえことねえだろ。『お前は島田重三さん』ての、あれを三百。」            定「薬の名前、忘れちゃったんですか? ここにいろいろ書いてありますから、これみて思い出してくださいよ。」                                        八「そうか『伊勢...浅間...よろず...かね...たん』」                定「『萬金丹』ってんですよ。」                                八「目が書いてあって薬ってなあ...。」                             定「目の薬ですよ。」                                    八「その隣は...相撲かおやく? なんだよ、この相撲かおやくってのは」            定「相撲膏薬ですよ。」                                    八「その隣が、越中富山の反魂丹...越中富山の反魂丹?? ...『お前は島田重三さん・・・・・。」                                      定「大丈夫ですか?」                                     八「取り交わせし『反魂丹』・・・・・わかったその『反魂丹』を三百。」             定「ええ、だんな、わかりました。反魂丹でした。へい、大きな袋に入ってますので、こぼさないようにお持ちください。ありがとうございました!」                         八「へっ、どうでぇ、三百買えばこんなにあるんだ。あの乞食坊主、こっから先もよこしゃしねぇ。へへっ、今晩これでカカァ呼び出さなくちゃいけねぇ、ありがてぇ、ありがてぇ。ええと、そうだ、火がすっかり消えちゃったよ。こりゃいけねぇ...フーッ、フーッ...(団扇で火鉢を仰ぐパタパタパタ)思い起こせば三年前だよ...風邪が元でねぇ、今考えても可哀想なことをしたよ。(パタパタパタ)もうおれが見たってこりゃいけねぇって時に、苦しい息の下で言いやがったよ(パタパタパタ)『あたしが死んだらお前さん、若いおかみさんを持つだろう?』『冗談じゃないよ、おれぁ、お前が死んだら生涯やもめで暮らすよ。』『ほんとかい?』『本当だとも!(パタパタパタ)』『あたしゃ心残りがあるんだよ。』『そりゃいけねえ。病人が心残りがあっちゃいけねぇ。なにが心残りだよ。』『あたしがこしらえてまだ袖に手を通していない羽織が、たんすの一番下に入っているけれども、あれを若いおかみさんに着せて出て行くところを思うと、あたしゃもう死ぬにも死に切れないよってぇから、』『馬鹿なことを言っちゃいけねぇよ! おれはね、お前が死んでも生涯やもめでくらすよ、ほんとかい?それ聞いて嬉しいよ』って涙ぽろぽろってこぼしたのが』この世の別れだったんだからな...それが今晩出てきやがんだね、なんて言って出てきやがんだろうね...

『お前さん! 久しぶりに逢ったんだから!もう今晩、寝かさないよ!』『おいおい、寝かさないったって、おめえ、おれぁ、明日仕事があるじゃねぇか、眠くてしょうがねぇ』『寝ちゃやだよ、眠るならくすぐるよ。』へへっ、おれぁ、くすぐられるのに弱いからなァ...『お前、今、何してるんだ?』『あたし、蓮の台の上で、お前さんが来るのを待ってるの。お前さんも早く来とくれよ。』『おいでよったって、おれぁ、死ななきゃいかれねぇじゃねぇか。』『だから死んでおくれよ。』『馬鹿な事言うない。』『だから男ってのは薄情なんだよ。まだ娑婆に生きて女拵えようってんだろ。憎らしいね。』ってんで俺のことつねるかどうかは出てこねえとわからねえよな。しかしなんてって出てくるんだろうね。『お前は島田重三さん』ってぇのは隣の坊主だな。『お前はやもめの八五郎さん』っと来るね。『そちゃ女房高尾じゃないか。』ってのは隣だな。『そちゃ女房お梅じゃないか』『取り交わせし、越中富山の反魂丹...徒には焚いてくだしゃんすな。香の切れ目が縁の切れ目』『そりゃ焚くまいと思えども、そなたの顔が見たきゆえ。俗名お梅、尊称菩提、南無阿弥陀仏、南無...』おっそろしく火がおきちゃったねぇ、どうも。こりゃ少し灰かけなきゃダメだな。へへっ、ありがてぇ、ありがてぇ。三年ぶりにカカァに会える。ええ、今から焚くからねぇ。すぐ出ておいでよ、間違えて隣にでちゃいけないよ。あの乞食坊主、なにすっかわからねぇからな。え、おいでなさいよ、えっ、焚きますよ、..........あれ? なんだよ、おれんとこは煙だけで、何にも出ちゃこないな。...ああ、そうか。三年ぶりだからってんで、決まり悪がってんだね。おぅ、決まり悪がるこたぁねぇじゃねぇか。亭主の所ン出てくるんだからよぉ。さ、決まり悪がらずに、出てらっしゃい、ホラホラホラ...どっかにつっかえてるわけじゃあるめえなぁ...ははぁ、こりゃ薬の量が足りなかったか。ケチケチするこたぁねぇんだ。三百買えばこんなにあるんだ。さ、今度はたっぷりまこうね。ホラホラホラ...薬、間違えたわけじゃねぇだろうなぁ...ちっとも出てきやがらねぇ。ええい、袋ごといれちゃえ! ...うわあぁぁ、こりゃいけねぇ、ゲホゲホッ、うちン中、煙だらけになっちまったよ!ゲホゲホッ、ゲホゲホッ!」 

 

お崎「(戸を叩くトントントン)ちょいと、八っつぁん、ちょいと、八っつぁん!」         八「お、おれんとこは煙んなかじゃなくて、表からどうどうと出てきやがったな! そちゃ女房、お梅じゃないか!」                                       崎「こっちだよ、こっちだってば。」                              八「表からじゃバツが悪いからってんで、裏へまわりゃがったな。そちゃ女房、お梅じゃないか!」   崎「あたしゃ隣のお崎だけどね、さっきからきな臭いのはお前さんとこじゃないの? 」

                

原話は、1733年(享保18年)に出版された笑話集『軽口蓬莱山』の一編「思いの他の反魂香」(大店の娘が店員との恋を引き裂かれ、乳母のすすめで起請を火にくべる、という内容)。           それに伊達騒動を題材とした歌舞伎の『伽羅先代萩』が加味され、現在の演じ方が出来上がったようです。。

共立女子短期教授 武藤禎夫先生は寛延4年(1751年)漢文体笑話集『開口新語』収録のエピソード(遊里通いが過ぎて金の尽きた男が孝武帝の故事を思い出して遊女からの情書を焼こうとして間違えて借金の証文を焼くという内容)から「ヒントを得」た可能性を指摘しているそうです。作家・宇井無愁先生は天明元年(1781年)の『売集御座寿』収録の「はんごん香」を原話として挙げています。

昭和時代においては八代目・三笑亭可楽師が得意にしてました。私も師の生前の録音をNHKラジオの「思い出の芸と人」で聴いたのが最初です。                           噺の途中「高尾太夫の霊の出」の件で薄ドロと寝取合方の三味線の曲が流れるのを聴いた時は「落語にはこんな演出もあるんだ。」 という想いでしたね。                          鳴り物入りの高尾太夫の幽霊の出の件はかなりの迫力があり、太夫にも独自の透明感がありました。八五郎が火をおこしながら、カミさんの霊が出て来た時のことを想像しながら独りで惚気ている件は楽しそうでしたね.。                                      上方では「高尾」と言う題で演じられており、私も三代目・桂春團治師演をNHKラジオ「上方怪談噺」で聴きました。                                       三代目・春團治師の「高尾」は動画も配信されてますが日舞の素養からくる「高尾太夫の霊」の表現は見事ですね。                                        その後、六代目・蝶花楼馬楽師演、初代・三笑亭夢楽師演、三代目・古今亭志ん朝師演、現・三笑亭可楽師演を聴きました。                                    上方の「高尾」はCDで初代・橘ノ圓都師演も聴いてます。                         インターネットでは五代目・三遊亭圓楽師演、二代目・古今亭圓菊師演が聴けますね。

サゲは一つ間違えたら、ネタバレしやすいということもあるのでしょうか、演者によってはサゲを変えていることがありますね。                                   六代目・馬楽師、三代目・志ん朝師は八五郎の女房の名前を「お梶」とし、煙がこもる中で八五郎は「出てきておくれ!梶やーい!梶い!梶い!」女房の名前を呼び続ける。              同じ長屋の者が「火事」と勘違いして八五郎の家の中に桶で水を撒く。              八五郎「なにしやがんでえ!」                                同じ長屋の男「お前のところで『火事』出してるじゃねえか!?」                  八「『梶』が出ねえか煙出してんだ。」

五代目・圓楽師演は、八五郎は同じ長屋の糊屋の婆さんが心配して来たのを女房の霊と間違える。     糊屋婆「夜中にこんなに煙を出して、おまけに私を死んだ女房と間違えるなんて。お前気でも違ったのかい?」                                          八五郎「いや薬が違った。」

二代目・圓菊師演は女房の名を「お関」。                           隣のおかみさん「『反魂丹』?これはねくべるもんじゃないんだよ。風邪と咳止めの薬だよ。」    八五郎「『関』止め?ああそれで出て来ねえんだ。」

もっと良いサゲはないもんかな?なんて思うのですがね。                      

「反魂香」はもとは中国の故事でにあるものだそうで中唐の詩人・白居易の『李夫人詩』によれば、前漢の武帝が李夫人を亡くした後に道士に霊薬を整えさせ、玉の釜で煎じて練り、金の炉で焚き上げたところ、煙の中に夫人の姿が見えたという。

 日本では江戸時代の『好色敗毒散』『雨月物語』などの読本や、妖怪画集の『今昔百鬼拾遺』、人形浄瑠璃・歌舞伎の『傾城反魂香』などの題材となっています。『好色敗毒散』には、ある男が愛する遊女に死なれ、幇間の男に勧められて反魂香で遊女の姿を見るという逸話があり、この香は平安時代の陰陽師・安部晴明から伝わるものという設定になっている[。落語では「反魂香」の他「たちきり」などに転じているようです。

人形浄瑠璃・歌舞伎の近松門左衛門・作の「傾城反魂香」のあらすじは

絵師・土佐将監(土佐光信がモデル)の娘は越前で傾城となり遠山と名乗っていた。         遠山は狩野元信に土佐家の秘伝を伝え、結婚の約束を交わす。                  しかし、元信六角左京太夫の娘・銀杏の前に気にいられ、結婚の誓いを立ててしまう。元信は不破伴左衛門らによって捕えられるが、血で描いた虎が絵から抜け出して元信を救う。

一方、遠山は遊女から遣手に身を落とし、みやと名を変えながら、ひたすら元信を思い続けていた。みやは元信と銀杏の前の祝言の場に現われ、7日間だけ元信と夫婦にしてほしいと銀杏の前に頼みこむ。銀杏の前はやむなく承諾する。                                  こうして一時の夫婦暮らしが始まるが、みやは既に死んでおり、霊魂が姿を現したものであることが判明する。      

大まかな筋はこんなところですが現在はほとんど人形浄瑠璃でも歌舞伎でも演じられません。    演じられるのは、土佐将監とその弟子の浮世又平夫婦のエピソードの「土佐将監閑居の場」だけです。

二代目・三浦屋高尾太夫が、仙台藩三代目主・伊達網宗公に身請けされ意に背いたことで手討ちされたという噺は落語では「仙台高尾」でも取り上げられてます。

その真偽は明らかではないようなのですが。

綱宗公がそのことが原因か若干二十歳代で隠居させられてしまい、跡目相続問題で揉め「仙台騒動」は、人形浄瑠璃・歌舞伎でも「伽羅先代萩」がよく上演されます。                 俗に「伊達の十役」と言われる「慙紅葉汗顔見勢」という十役早変わり芝居も二代目・市川猿翁丈の後現・市川團十郎白猿丈によっても演じらっれてますね。                     この芝居の中では高尾太夫は仙台公(足利頼兼公)ではなく、放埓者の藩主を目覚めさせるべく絹川与右衛門と言う力士によって殺害されたという設定になっており、二代目・猿翁丈が殺害する与右衛門、される高尾太夫を見事な早替わりで演じた舞台を覚えてます。

「伊達騒動」は山本周五郎先生の「樅の木は残った」ども取り上げられ、二回ドラマ化されてますが現代の人はどれだけご存じなのでしょうか。

猛暑の季節になりました。                                   皆様、お身体には気を付けてお過ごしください。

最後にこの夏、我が家の庭で見事に咲いた朝顔の写真を添えて失礼させていただきます。

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