「おから」の世界は果てしない?

落語

先々月の話になりますがNHKテレビ「あしたが変わるトリセツショー」で「おから」についてとりあげてました。 穀物や豆類、野菜などの一部の食品に含まれることが知られる 「発酵性食物繊維」 は、腸内細菌のエサとなり、増えた腸内細菌の一部が短鎖脂肪酸を産生することが分かっています。 最近の研究で、おからを乾燥させてパウダー状にしたおからパウダー(乾燥おから)も、この発酵性食物繊維に含まれることが確認されているようですね。腸内環境を整える育菌食材として注目されているようで、番組の中で石原さとみちゃんもオリジナルの「おから」料理を紹介してました。             かく言う私も「おから料理」にはまっているひとりです。                    しかし、落語や講談などではどうも、経済的な事情で米飯や豆腐を食べることが出来ずにやむなく「おから」を食べたという噺が多いですね。                            「徂徠豆腐」では不遇の時代の荻生徂徠が米飯の代わりに「おから」を器によそって醤油をかけて掻き込む場面があります。                                      以前に取り上げた「鹿政談」は幕府から下りている「鹿の餌料」を一部の悪者が横領したが故に、十分に餌が行き渡らずに飢えに耐えかねた鹿が街中へ出て豆腐屋の店先の「おから」をあさったことから噺が始まるわけですね。                                   「千早振る」でも隠居の架空の話の中で全盛を誇った千早太夫という花魁が何故か喰いつめてホームレスの生活となり、ひもじさから自分が以前に袖にした元関取の龍田川が営む豆腐屋の店先に現れ、「おから」を分けてくれと物乞いする噺になってます。

今回は「おから」が「仕方なく」食べられていた時代のこの噺を取り上げたいと思います。

空腹のあまり「おから」を盗み喰いしてしまうが、そこから人生が大きく変わっていく男の噺です。

甲府い

江戸のある豆腐屋の朝。

 

                                               豆腐屋の親方「おーい、金公、金公!!!何しているんだ朝っぱらから!!!やめなさいってん   だ!!!むやみやたらに他人様の頭を張り倒すんじゃない!!!(と金公の頭をポカポカ)」     金公「痛いね!親方!何でえ他人の頭をポカポカ!あっしだって虫の居所が悪くてこいつのことを張り倒してんじゃねえ。張り倒さなきゃいけねえわけがあるから張り倒してんだ。親方だってポカポカ張り倒すじゃねえか。」   

                                                親「そりゃあ俺も悪かった。いったいどういうわけだ。」                    金公「今朝あっしがここでしごとしてるってえと、おからの桶の向こう側から手がにゅーっと伸びてきやがって、おからをわしづかみにして引っ込みやがる。妙なものを見たなと思って桶の向こうの回ってみるとこの野郎がおからをむしゃむしゃ喰ってやがるんだよ。朝っぱらから商売物を盗み喰いされちゃ縁起が悪いと思って張り倒したんだ。悪かねえでしょう。」                    親「まあそりゃそうだがね(殴られていた男に)お前さんは何だっておからを盗み喰いしてんだよ。」   善吉「へえご勘弁くだせえまし。」 

                                               親「勘弁するしないもないよ。おからてえやつは色々と味付けして食べるから美味いんだ。こりゃただの豆腐の絞りかすだよ。お前さんそんなにおからが好きかい?ウサギだよまるで。そういえば馬鹿に目が赤いようだけど。」                                    善「腹が減ってなんねえんでごぜえやす。」                          親「腹が減ったなら飯を喰えばいいじゃねえか。」                       善「金がごぜえやせん。」                                  親「金が無い?見れば旅姿にようだが。」                            善「私は、名を『善吉』と申しまして、甲府から参りました。小さい時分に両親とも亡くしまして、叔父さんのとこで育ててもらってたんです。」                           親方「ほう。」                                       善「それで、この歳になって、自分一人でなんとか生きていかなきゃと思い、江戸まで出てくることにしました。さっそく甲府を出まして、身延山に寄って願掛けをしてから、浅草までやって来たんですが……。途端に仲見世のところで、財布をスられてしまったんです……。」             親「ええ⁉︎それで、どうしたんだい?」                             善「一文なしでは、宿に泊まることもできませんので、昨日はよそ様の軒先をお借りして、一夜を過ごしました。」                                        善「ただ、ずっと何も食べていないものですから、腹が減ってしまって……。そんなところに、目の前の美味しそうな0おからから、ふわーっと湯気が出てるのを見て……。」  

                                               親「それで、うちのおからを盗み食いしたってのか。」                     善「……はい。誠に申し訳ございません。」                          親「なるほどねぇ。ところで、お前さんは『身延山に願掛けをした』と言ったね?ご宗旨は、どちらなんだい?」                                          善「うちは代々、法華経です。」                               親「そうか、それは嬉しいねぇ。じつは、うちもそうなんだよ!同じご宗旨の人が困ってるのを、黙って見てるわけにはいかねぇ。お前さん、うちでご飯を食べてきなよ。               善「ええ?そんなの、申し訳なくて……。」                          親「遠慮するんじゃない。腹が減ってるんだろう?」

主人も善吉と同様に法華(日蓮)宗を熱心に信心しているところから、これも日蓮聖人の引き合わせだろうと、腹をすかせた善吉に朝飯を食べさせる。善吉は五合の飯をすべて平らげてしまう。

主人は、知り合いの豆腐屋から従業員の金公を譲ってくれと頼まれていたので、その後釜として善吉を雇うことにする。この店はゴマをたっぷり入れたがんもどきが自慢。

店売りのほか、天秤に担いで「とお~ふ~、ゴマいり~、がんも~ど~きい」と売り歩く。

朝が早く、ことに水の冷たい冬には辛い豆腐屋での奉公だが、善吉は熱心に働いた。         売り歩いている途中でどこかの子供が泣いているのを見かけると、腹掛けのドンブリに用意していた菓子を与えて、                                         善「ほら泣くんでねえ。おじさんが菓子をあげるだもう泣くんでねえよ。」

 長屋の井戸端でどこかのおかみさんが洗濯をしていると                    善「へい、おらが水をくんでしんぜましょう。」

                                               年寄りにも親切なので、お客のおかみさんたちに信頼され、商売は上々。                これまで「法華豆腐」と呼ばれていたのが「善吉豆腐」と呼ばれるまでになります。        長屋のおかみさん「これからは朝昼晩のおかずは善吉さんのところから買おう。」

すると亭主たちの方からは不満が上がったりなんかして

亭主「おい、おみつ!」                                    女房「何だい?」                                      亭「何だじゃねえ。このところ毎日豆腐ばっかりじゃねえか。朝は豆腐のおつけ、昼は生揚げにがんもどきを煮たの、晩は奴じゃねえか。昨日湯に行ったら湯舟の中で身体がふわーっと浮いちまって風邪ひきそうになっちまったじゃねえか。他に南下喰い物はねえのか?」

女「じゃ明日っから豆腐はよそう。」                             亭「何にすんだい?」                                    女「卯の花にしよう。」                                   亭主 「同じこっちゃねえか!!」      

やがて三年に月日が流れます。

親「おい、おっかあ。」                                   親方の妻「なんです?」 

                                               親「善吉は、よく働いてくれるね。」                              妻「ええ。あんなに良い人は、なかなかいませんよ。」                     親「それでな、うちのお花も、そろそろ年頃だろ?だから、善吉を婿に迎えたらどうかと思ってんだが……お前はどう思う?」                                   妻「私も、同じように考えてたんですよ。それで、実はこの間、お花に直接聞いてみました。」   親「ほう、手回しがいいな。で、お花は何て?」                         妻「『善吉さんなら……』って、顔を赤くしてたたみに『の』の字を書いてましたよ。あの子も、善吉さんのことを気に入ってるみたいですね。」   

                                              親方「そりゃいいや!よし、善吉にも話をしよう!」

こうして親方は善吉を呼び寄せます。

善吉「お呼びでございますか?」                                親方「実は、うちの「お花」のことなんだがね……。お前さえ良ければ、あいつと一緒になって、うちを継いでもらえねえかと思ってるんだ。」                           善「へっ?善吉親方の大事な娘さんとあたしが?もちろん、ありがたいお話ですが……お花さんが何と言うか……。」 

                                              親「お花も、お前のことを気に入ってんだ!なぁ、頼むよ。一緒になってやってくれ。」        善吉「……ありがとうございます。一緒にさせてください!」                   親「……そうか。よし、そうしよう!じゃ、よろしく頼むぞ。倅よ。」               親方の妻「倅って……。ずいぶん気が早いですねぇ。」

                          

こうして善吉はお花と夫婦になり豆腐屋を継ぎました。                      

自分の店になったものですからより一層、豆腐屋さんだけにまめまめしく働いたりなんかして。 

  店は引き続き大繁盛。

そんなある日のこと                   

善「ごめんください。」                                    親「お、善吉か?ま、お上がり。」                               善「実は、頼みごとがありまして……。甲府の叔父に、お花を会わせたいんで、5日ほど暇をいただきたいんです。」

親「ああ、行っといで行っといで。店のことなら、俺とかかあでやっとくよ。」           善「ありがとうございます。この機会に、江戸に出てくるとき、身延山で願掛けをしてそれっきりだったもので……。途中でお参りをして、『願解きも『』してこようと思ってるんです。」

願解き(がんほどき)とは神仏に願掛けした願いが叶ったことを、お礼しにお参りすること。

親「お前は、信心深くて偉い!で、いつ出るんだい?」                     善「思い立ったが吉日と言いますんで、明日の朝に発とうかと……。」

親方「わかった。店のことは、俺たちに任せとけ!気をつけて行ってくるんだよ。」                                                      善「ありがとうごます。ひとつ、よろしくお願いします。」                    

善は急げと、早速翌朝、隠居宅に寄って豪華な朝ごはんをいただき、善吉とお花は出発。

すると、近所の人が

近所の人「おや、旅姿だね?二人揃って、どこかへお出かけ?」                       善「甲府ぅ〜い!お参~り!願ほどき。」

古くから口演されている、江戸前の噺ですが、原話はまったくわかっていません。

「出世の島台」と題した、明治33年の六代目桂文治師の速記が残っているそうです。        大筋は現行とほとんど変わりません。                             六代目・文治師は三遊亭円朝師と同時代の噺家です。                      「おさん茂兵衛」「西郷隆盛」「高橋お伝」「上野戦争」『桜田の雪」などの正本芝居噺や「小烏丸」「逸見十郎太」「猫忠」といった一席物芝居噺、「唐茶屋」「縮み上り」「団子平」「親子茶屋」「清正公酒屋」「おすわどん」「七段目」といった古典も得意とした                      その人気ぶりは「下谷上野さねかつら 桂文治は噺家で」という江戸しりとり唄にも名前が唄いこまれるほどだったようです。

明治以来、人情噺の大ネタとして、多くの名人連が手掛けましたが、戦後は、八代目・春風亭柳枝師、八代目・三笑亭可楽師がとくによく高座に掛けました。                       五代目・古今亭志ん生師は珍しくくすぐりも入れず、ごくまじめに演じていたそうです。

私が最初に聴いたのは三代目・古今亭志ん朝師演です。「NHK東京落語会」の中トリで演じたのをNHKラジオ「放送演芸会」で放送されていたのをカセット録音し何回も聴きました。          アナウンサーが「こうふい」と言っているのを聴いた時は「かわったタイトルだな。どう書くのかな?」と思いました。その後角川文庫「古典落語」に七代目・橘家圓蔵師演が載っているのを読んだ時は「こうふい」と平仮名で記してました。                           レコードで八代目・可楽師演や八代目・柳枝師演が売られているジャケットを見て「甲府い」と書くことを知りました。

ナマでは現・三笑亭可楽師演、現・柳亭左楽演を聴きました。                  その後レコード、CDで八代目・可楽師演、八代目・可楽師演も聴きましたが、私的にはドラマティックな感じで演じた三代目・志ん朝師演のインパクトが強いですね。

主人公と豆腐屋の一家は「法華宗」の信者であったということが一つの縁になっているようですが、「法華宗」は特に昔の江戸っ子には人気の高い宗旨だったようです。林家彦六師が「鰍沢」のマクラで語っていたのですが「一代法華」というのがあり、「親父は『浄土宗』だったが俺は『法華宗』で。」と言う江戸っ子がかなりいたようです。

話が「おから」に戻りますが、私の家の近所にあった豆腐屋さんがあって朝の早い時間帯に豆腐を買いに行くと、店先でドラムのような缶の中でたくさんの「おから」が入っている光景があったのを覚えています。その豆腐屋さんもどういう事情か閉店してしまい、豆腐を買いに行けるところはまたその近所にできたスーパーだけになってしまいました。                            そのスーパーの豆腐の陳列コーナーで袋詰めで売っているのが現代の「おから」ですね。

                                              三代目・志ん朝師の「紙入れ」のマクラ(他所行ってしゃべっちゃいけない)で、横丁の豆腐屋の店先で与太郎さんが味噌漉し差し出して「おじさん、この中『おから』いっぱい入れとくれ。」と言っている場面がありましたが、昔はこんな感じで「おから」を買いに来てたのですね。

最近、時々利用するスーパーの惣菜コーナーで「おからの炒り煮」を売っていたので買って食べて、そのフワフワ感とカツオダシ(恐らく?)を効かせた味わいに「『おから』はこんなに美味い物なのか。 それなら自分で作ってみよう。」とネットでレシピを見て作り始めたのがハマるきっかけとなりました。 お料理される方に今更私が言うのもおこがましい話ですが、最初にフライパンで「乾煎り」して余分な水分を飛ばすのがフワフワに仕上げるコツですね。それを別にゴマ油で炒めた刻み葱、細切り人参、小さく切った竹輪や蒲鉾と炒め合わせる     荻生徂徠先生じゃないけど飯の代わりに腹を膨れさせてくれますね。。 不遇 の時代の徂徠先生は「乾煎り」の為の薪を買う金すらなかったのでナマ(?)の「おから」を食べるしかなかったのでしょうけど。                                先述の「トリセツショー」で石原さとみちゃんは「おからのからすみ風」という、パスタやサラダ、蕎麦、餅にかけても美味しいらしい(私は試したことがないもんで)料理を紹介してましたね。      一度試してみたいです。その他に私としては小麦粉の代わりに「おから」を用いて、お好み焼き、パンケーキとか色々試してみたい気がします。

「おから」の世界は果てしないかも知れません。

現在の画像に代替テキストがありません。ファイル名: okara.png

今年も王子の飛鳥山公園には

見事に紫陽花が咲いてました。

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