
「四方山々の雪が解け大川の水かさが増し・・・・・・・・。」
地球の温暖化が進んでいる現代において、山に降り積もっていた雪がすっかり解け切ってしまうのは何月なのでしょうか。
数十年前に北方の自然観光として人気のある地について、ガイドブックを見ていたところ5月のゴールデンウィーク中は、まだ雪がたくさん残っているとしてあり、関東住まいの私はやや驚きを覚えました。
最近、その地についてネットで調べてみたら、5月中は残雪の眺めが魅力であるとしてありました。温暖化が進んでいる現代の初夏でも雪が残っているところは残っているのですね。
今から百年以上も昔、「温暖化」のない「花のお江戸」で「大川の水かさが増す」ほど「四方山々の雪
が溶ける。」のはやはり4~5月だったのでしょうか。
今回はそんな季節のこの噺を取り上げたいと思います。
野ざらし
長屋に住む八五郎。隣人の年寄の浪人尾形清十郎の家の戸を朝から腹立ちまぎれに叩いている。
尾形清十郎は何の指南をしているかはわからないが「先生」と呼ばれている。

八五郎:「(戸をドンドン叩きながら)おぅごめんよッ! ごめんよッ!! ごめんよッ!!!」
尾形:「うるさいな朝っぱらから。戸をドンドン叩いているのは、隣の八っつぁんかい?」
八五郎:「(戸をドンドン叩きながら)そうだよッ、開けとくれよッ!」
尾形:「分かったよ、いま開けるから。(戸を開けながら)あ痛っ!」
八五郎:「あ、いけね。」
尾形:「おい、なんだってわそしの頭をぶつんだい!?」
八五郎:「いやだって、今ドンドン戸を叩いているとこをさ、先生がガラッと開けるもんだから、手が
すっぽかしてポーンていっちゃったよ。戸にしちゃぁ柔らけぇと思ったね。 でも別に痛かねえや。」
尾形:「そりゃこっちのセリフだよ。こんな朝っぱらからお前さん、いったい何事だい?
八五郎:「何事もかに事もねぇ。先生、黙ってお金を一両くださいよ。」
尾形:「お前さんも変な人だな。いわれのない事言ったって、金はびた一文たりともやらないよ。」
八五郎:「いわれがねえ?じゃあ謂れ因縁故事来歴、物語って聞かせようじゃねぇか。
夕べの女、一体どっから連れてきたんだ?」
尾形:「昨夜の女?わしは独り者だよ。婦人は寄せ付けない聖人のような暮らしをしてるんだ。お前、
夢でも見たな?」
八五郎:「夢だァ?おう先生、夢じゃねえ証拠を見せようじゃねえか。そこの壁の穴を見てくれよ。あ
っしが開けたんだ。」
尾形:「なに、穴を……?あッッ…?アレぁお前さんの仕業か!それにしても大きな穴を開けたな。
いったいなぜこんなことをする?」
八五郎:「したくもならァね!あっしァ夕べ、ごろっと横になってみたものの、なかなか寝付かれ
ねえ。気が付きゃあ真夜中時分、寒いってんでひょいっと目が覚めると、ひそひそひそひそ男
と女の話し声が聞こえてくるじゃねえか。 長屋三十六軒、独り者はずいぶんいるが、
夜夜中に女ァ引っ張り込むような、そんな粋な野郎はどこのどなただろうってよ。
よもや先生のとこだとは思わなかったねェ。声が聞こえて形が見えねえってなこんなに気にな
ることはねえからよ、見てえ一心で無い知恵を絞ったね。ご存知のとおりあっしァ大工だ。
商売物のノミで声を頼りに壁の薄いとこを見繕って、ガリガリガリガリ穴を開けてひょいっと
のぞくってぇと、文金の高島田よ。色の白いところに青みがかかっていたかねえ。目がぱっち
りしていてさ。年の頃なら十六、八だね。」
尾形:「妙な数え方だね。しかもそれを言うなら十七、八だろう。十六、八じゃ七が抜けてる。」
八五郎:「へへ、七(質)は先月流しちまったよ。」
尾形:「何の話をしてんだい…。ならば八っつぁん、夕べの婦人を御覧じたのかい?」
八五郎:「そりゃもう、気になって気になって御覧じ過ぎちゃったよ!先生、いったいどうしちまった
んだい? 白状しねぇ!今なら罪は軽いよ。」
尾形:「見たのであれば、いた仕方がない。それなら聞かせてやるが、夕べの事を話すとなると、
少ぉし怪談じみてくるぞ。」

八五郎:「やめてくれ先生、怪談抜きで頼むよ。嫌ぇなんだ。あっしは臆病でね、怖ぇ話を聞くと、
夜中に一人ではばかりへ行けなくなっちまうんだ。」
尾形:「話の順というものがあるからまぁ聞きなさい。実は八っつぁん、こういうわけだ。」
八五郎:「おや、そういうわけですかい。」
尾形:「まだ何も言っちゃいないよ!…お前さんも知っての通り、わしは釣り好きだ。
昨日も向島へ行ったが、間日と言うのか雑魚一匹かからない。こういう日は、天が殺生を
してはならんと戒めているのだろう。釣り竿に糸を巻き付けて帰り支度をしているうちに、
陽がいつの間にか西に傾いていた。
金龍山浅草寺で打ち出す鐘が陰にこもって物寂しく、ぼぉ~ん………、と鳴るとね…、」

八五郎:「せんせぇ、もうちょっと陽気にやってくんねえかい?ぼぉ~ん、(陽気に)ぼあ
ーーん!てな感じでさ。」
尾形:「四方山々の雪が溶け大川の水かさが増し、上げ潮南でざぶーりざぶりと岸辺を洗う波の音。」
八五郎:「へえ……。」
尾形:「辺りはうす暗くなってわし一人、風もないのに片江の葦がガサガサっ、ガサガサっと
動いたかと思うと…中からすぅーーーっと…出ェェたぁぁアアア!!!」
八五郎:「出たあ!これはいけねえ!」
尾形:「ってこらこらこらどこへ行くんだ、待ちなさいッッ!!」
八五郎:「打っ捨っといてください。」
尾形:「打っ捨っておけるか!いま、お前さんが驚いた拍子に、ここに置いといたわしの
紙入れが姿を消したんだが?よもや、自分の懐に入れてやしないかい!?」
八五郎:「あっしが?先生の?紙入れを?冗談言っちゃいけませんよ。あっしはそういう男じゃありま
せんよ。驚いた拍子に人の財産を懐に捻じこんで、それで家へ帰っちまお
うだなんてそんな、あっしは男の出来がねーー(胸をポンと叩くと紙入れが転がり落ちてくる)
あっ!これかな?」
尾形:「これかなじゃないよ!なんだって人のものを懐に入れてるんだ。」
八五郎:「いや、あのすんません…驚くとなんかうわーっと懐へ入れたくなって…。くやしいげど
ど返すよ。」
尾形:「他人の紙入れと取り損ねてくやしいとかなんだい、まったく。」
八五郎:「で、何が出たんです?」
尾形:「カラスが一羽。」
八五郎:「カラスだぁ!?なぁにを言ってやんでェ、さんざっぱら人を驚かしといて、
カラスならカラスとお手軽に言ったらどうだい。何が飛び出すかと思って、こちとら肝っ玉が
上がったり下がったりしてらァ。そのカラスがどうしたんで?」
尾形:「ねぐらに帰るカラスにしては、ちと早すぎると思ってな。わしも物好き、なんの気なしに葦を
かき分けてみると、そこに一つの生々しいどくろがあった。」

八五郎:「はぁ~、唐傘の壊れたやつかい?」
尾形:「そりゃろくろだよ。しかばねだ。」
八五郎:「はぁ、赤羽か。」
尾形:「そうじゃない、人骨、野ざらしだ。」
八五郎:「あぁ、そうですかぁ、人骨、野ざらし? はははは……てなぁ、なんです?」
尾形:「骸骨だよ!」
八五郎:「あぁ、げぇこつか。」
尾形:「げぇこつとはなんだ。いずこの方かは知れないが、このような野に屍をさらしていては浮かば
れまい、不憫なもの。そこでわしが上手くはないが、ねんごろに回向をしてやったよ。」
八五郎:「回向だって? つまらねえことやりやがったなぁ。」
尾形:「いや、手向け(たむ)をしてやったんだよ。」
八五郎:「はぁ、たぬきがどうしたんで?」
尾形:「なぜそう話が分からないんだね。
『月浮かぶ水に手向けの隅田川』 生者必滅会者定離、頓証菩提 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
と唱えて、腰につるした瓢の呑み残しの酒を骨にかけた。
すると気のせいか、骨がぼうっと赤くなったような気がしたので、あぁ良い功徳をしたと、家へ
帰って寝酒を吞んで横になった。
さて何刻であろうか、ほとほとと、戸を叩いて訪るる者あり。
何者かと問うてみると、かすかな声で「向島から参りました。」。
はて、向島に親類知己の類は無し、となると、昼間の回向してやったはかえって仇となり、
狐狸妖怪の類となって誑かしに参ったか!
年は取っても腕に年は取らせぬつもり、
この尾形清十郎、身に油断なく長押の槍を小脇にかいこみ、
つかつかつかつかつかとーー」
八五郎:「ちょちょちょ待ってくださいよ。先生の話はとても調子がいいんですけどね、
あっしは壁一つ隣ですよ。どうかするってぇと、朝昼晩と日に三度遊びに来る。
だけどね、今までいっぺんだってこの家の長押に槍が掛かってたのは見た事がねえ。
槍どっから持ってきたんです?」
尾形:「…槍が無いから、ほうきを小脇にかいこんだ。」
八五郎:「なんだほうきかよおい!ほうきと槍とじゃえらい違いだよ。
第一ね、つかつかつかつかつかってね、この家そんなにないんだよ。
あっしんとことおんなじじゃねえか。つかっ、てぇともう裏へ抜けちまうだろ。」
尾形:「まぁこれはもののたとえだから、黙ってお聞き。
がらり戸を開ける、『乱菊や 狐にもせよ この姿』
夕べの娘が音もなく、すーっとこれへ入ってきたと思いなよ八っつぁん。

『わたくしは、向島に屍を晒しておりました者。あなたの回向によって今日初めて浮かぶ事がで
きました。行くところへ参る前に、お礼に参じました。おみ足なりともおさすりいたしましょ
う。』

はるばる向島から来たる者をすげなく帰すのも何とやら、足をさすらせ、肩を叩かせしていた。
夕べのあの娘はそういうわけで、この世の者ではない。」
八五郎:「この者じゃねえって事は、あの世の者ですか…。オバかい?ユウかい?
オバだろうがユウだろうが、ああいうイイ女なら、一晩みっちり話がしてみてえなあ。
その骨ってのはまだありますかね?」
尾形:「それは分からんな。」
八五郎:「わからんな(若旦那)も大旦那も番頭もあるかってんだ。しみったれた事言うねえ。」
尾形:「誰がしみったれてるんだ。まぁ行ってみればあるかもしれんよ。」
八五郎:「あ、そうすか。じゃ、なんとかかんとかって言う、
その骨の来る間抜けの句ってのを教えてくださいよ。」
尾形:「間抜けの句ではない、手向けの句だ。」
八五郎:「そうそう、たぬきの句。」
尾形:「手向けの句!」
八五郎:「へへへ、手向けね、手向け。」
尾形:「『月浮かぶ 水も手向けの 隅田川』
生者必滅会者定離、 頓証菩提 南無阿弥陀仏なむあみだこらこらこらこら!
何をしてるんだ、人の釣り竿をガラガラガラガラかき回して。
おいおいおいいかんよ、おい、その釣り竿は持ってってはいかん!
だめだめだめ!それはわしが大事にしている釣り竿だ、折られたら作る竿師がもう居らんのだ。
他のを持って行きなさい!」
八五郎:「てやんでぇ、ぐずぐず言うなィ!借りてくよォーーー。」
てんで途中で酒を三合ばかり都合する。

八五郎:「へっ『年は取っても浮気は止まぬ止まぬはずだよ先がない』ってえが全くだ。
『わしは聖人じゃからな、婦人は好かんよ。』なんてよぅ。
釣りだ、釣りだって言っちゃ、女の骨釣って歩いてやがったんだねえ。
おや、また大勢釣りに来てるねえ。年寄りばっかりだよこれ。
近ごろの年寄りは色気づきやがったねまぁ。
うぉぁーーーいッッ!!
骨釣れるかァ?骨骨ゥ!
骨は釣れるかァ骨はよ!
釣り人1:「はぁ?骨ぅ??今みんなでもって、お魚ァ釣ってます。」
八五郎:「てやんでぇこの野郎とぼけやがって。
隠そうったってそうはいかねェぞ。
ネタは上がってんだネタは。
どんな骨を釣りに来やがったてめぇは!
新造か年増かァ?
乳母さんか子守りっ子かァ?
泡ァ喰らってオカマなんか釣るな!
どんな女だァーーーーッッ!!?」
釣り人1:何ですかねあれ、土手の上で女の事ばっか口走ってますよ。
釣り人2:「目が血走ってますね。夕べかみさんにでも逃げられたんじゃないですか?」
釣り人1:「そんなものは釣ってませんよ。今みんなでもってね、仲良くお魚を釣ってんですよ。」
八五郎:「なぁに言ってやんでェこの野郎ォ。魚釣るってツラかおめぇは。 首でも吊れェ!」
釣り人1:「なんだありゃ…。」
八五郎:「俺も今そこへ行くよ!」
釣り人1:「来るよ、来るって!」
釣り人2:「困りましたなぁ、あぁ降りてきましたよ。」
釣り人1:「すいません、そちらお膝送りを願いますよ。」
八五郎:スチャラカチャンチャン、スチャラカチャン♪っとォ!さぁどいてくれどいてくれ!
どっこいしょのしょっと。」
釣り人1:「どうでもいいけどこの人…ぷっ。」
八五郎:「あん? 噴き出しやがったな。人の顔見て噴き出すツラかよ!吹けば飛ぶようなツラぁしや
がって!てめえっちにいい骨釣られて『ああ、さいでござんすか?』と引っ込むようなおあ
にいさんとおあにいさんの出来が違うんだ。(釣り糸を川へ放りなが)♪あたしやあ~年
増がええええ~すきなんですよおお~。」
釣り人1:「釣りしているようじゃないね。湯に入っているようだね。変だねこの人。餌付けないよ。
ちょっとあなた、失礼ですがね、餌を付けないとお魚は釣れっこござんせんよ。」
八五郎:「つけなくっちゃお魚は釣れっこござんせん? てやんでェ、連れっ子もままっ子もあるかっ
てんだ。こうやってたらそのうち日が暮れて、鐘がごぉーんっと鳴るだろ。葦がガサガサっ
てやってカラスがパッと飛びゃあこっちのもんだ。
鐘がボンとなァりゃサァ♪
上げ潮ォ 南サ♪
カラスがパッと出りゃ コラサノサ♪
骨がある サーイサイ♪
スチャラカチャンたら スチャラカチャン♪」
釣り人1:しょうがないねこの人は。
もしもし、もしもしあのですね、その、浮かれて騒がないでもらえませんかね?
せっかくお魚が寄って来てるんですよ。
あなたの声聞いてみんな魚が逃げちゃうじゃないですか。」
八五郎:「何ィ!?俺の声を聞いて魚が逃げるゥ?魚に耳があんのかい?
どこについてんだ、教えろ、見せろ!
そのまた骨にとサ♪
酒をば掛けりゃサ♪
骨がべべ着て コラサノサ♪
礼に来る サーイサイ♪
そらスチャラカチャンたら スチャラカチャン♪」
釣り人1:「かき回しちゃだめだよ!水をかき回さないでください!」
八五郎:「 何を?!かき回している?!誰がかき回してんだよ?!誰が!
てめえっちの国じゃ、こういうのをかき回すってのか?
かき回すってなあ、こぉぉぉやるんだよ!」
釣り人1:「ああ、ホントにやっちゃったよ。」
釣り人2:「今日はもうお魚ぁ釣れませんな…。」
釣り人1:「しょうがねぇ、面白いから見てましょう。」
八五郎:「だけど、先生んとこ来た女は、ちょいと年が若すぎたね。
若い方が水っぽくておもしれェって言うけどよ。
痛がるばかりで面白くねえことの方が多いって言うね。
遊んでて面白ぇのは、二十七、八、三十凸凹、
乙な年増の骨がいいってな。
どんな形とらしても嫌がらねぇし、脂が乗ってたまんねぇよ。
やってきますよォ、カラコンカラコンカラコンカラコン~。
『こーんばーんわァ!あたし向島から来たの。』
『待ってたんだ、入ってくんねえ。』
『うっかり入ったりしたら、そばに角の生える人かなんかいるんじゃないの?」
『んなもんいるもんかい、一人もんだよ。いいからこっち入ってくんねぇ。』
『そう?じゃあたし、お前さんのそば行って座ってもよくって?』
骨が、すーっと上ってきて、あっしの脇へ、ペタッりと座って…。」

釣り人1:【吹き出す】うぷっ!水たまり座っちゃったよ。頭、あんまりよくないんじゃないの?
八五郎:「手を取ってやると待ってましたとばかりに、よろよろって倒れるね。
膝の上に乗っかる、いい匂いがしてたまらないね!
上から下から攻めようか。三所攻めてェやつでひぃひぃ言わしてやりたいね。
『たまんなくなっちゃった、なんとかしておくれ!収めておくれよ!』
ってんで、
『ゆっくり楽しむんだ、今日からおめえと夫婦だよ。』
『うまいこと言ってお前さん、あたしがしわしわのおばあちゃんになったら若い女引っ張りこ
んで浮気をするだろ?その口でもってあたしを騙すんだね。ちきしょう。お前さんのその口
が憎らしいよっ。』」
釣り人1:「痛い痛い痛い痛い!痛えなあ! 人のほっぺたつねるなよ!」
八五郎:へへ……妬くなよォ。
釣り人1:「妬きゃしないよ!てめえひとりでやってやがれ!」
八五郎:「『もし浮気したらくすぐるよ!』『よせやい、俺ぁくすぐられるのはダメなんだよ。』
『そう言わないでさ、ちょっとくらいくすぐらしておくれよ。』
てんで骨が優しい手を出してあっしの脇の下を、
こちょこちょこちょこちょっと、
『やめろ、ダメだって、やめて、くすぐったいから……あっ。』
(鼻に釣り針を引っかける)
…痛い。! あたたた……!」

釣り人1:「あの人、魚ァ釣らねえで自分の鼻を釣っちまったよ。どうしましたァ!?」
八五郎:「(鼻に釣り針が引っ掛かってる)っこれ、取ってくんない?
誰かこれ取ってくれよ、取ってくれってんだ。ちきしょう、みんな手を叩いて笑ってやがる。
薄情な連中だイテテテテ、どういうわけでこんなとこへ針が引っ掛かりやがんだ。
ぁでぇッ!
うわぁいてぇ…鼻から血が出て来ちゃったよ。
バカバカしくて鼻血(話)にならねえな!
こんなものが付いてるからいけないんだよ。
捨てちまえ!そりゃッ!
さあ来い!」
釣り人1:「あの人、釣り針投げ捨てちゃったよ!それじゃ魚は釣れないよ!」
八五郎:「魚ァ釣りに来たんじゃねェ、俺ァ女を釣りに来たんだ!」
釣り人1:「これ以上かかわらない方ががいいですな。」
八五郎:「へっ、やぁっと邪魔なのがいなくなった。
ぱーぱーぱーぱー色んなこと言って、うるせぇったらないね。
なまじ色には連れは邪魔、ってのを知らねえのかよ。
…お? ありゃあ弁当だ。忘れて行きやがったんだね。
ありがてぇ、腹減ってたんだよ。
おっ、こいつァ焼き豆腐の煮た奴だ。
へへへ、いただこうじゃねえか。
【食べながら】
うまいねぇ、こういうのを釣りに来ていただけるとは思わなかっ
たね。
うん、うまい。
これで夜になると女が来るんだ。
昼間はありがとう、わざわざ豆腐(遠くと掛けている)の方から
参りました、ってな。
と言っている間に金龍山浅草寺の鐘の音。
八五郎:「おっ、鳴ってる鳴ってる、鳴ってますよォ。
ここで葦をガサガサってやってカラスがパッとぉっとっと!
出た出た!…出たけどカラスじゃねえなあ…椋鳥だ。
今日はカラスは風邪っ引きでむくちゃんが代演って
やつだな。
さて、骨は~どこ~に~…おっ、あった!ありましたよ。
ありがてえ…?あれ、こっちにもある…ってあそこにもあらぁ。
え、こっちにも?…ここ骨だらけだぁ。
どの骨がいいかって目利きなんざできねぇよ。
当たりハズレあったらやだな…。
ま、いいや、みんなこうやってね、酒をまんべんなく振りかけと
いて…先生みたいに飲み残しじゃねえ、わざわざ買って来たんだ
あーそうだ、骨の来る間抜けの句なんかあったね。
えーっと、えーと…あ、
『月浮かぶ・・・・狸が出てきてこんばんは・・・・』
よォ、聞いてる?
俺んとこはね、浅草門跡様の後ろ、八百屋の横丁入って角から
三軒目、腰障子に丸に八の字、丸八としてあらぁ。頼むよォ。」
語り:呑気なもので八五郎、とくとくとして続ける。
妄想に夢中で気づかなかったが、葦の影に屋根船が一艘、
中には客待ちをしている野良の太鼓持ちがいた。

あんな大きな声で独り言を言うもんだから、話はすべて筒抜け。
新朝:「おやおやおや、妙な事を聞いちまったね。
こんなとこで女と再会の約束なんかしてる乙な奴がいるよ。
えーっと、浅草門跡様の後ろの八百屋の横丁入って角から三軒目、
腰障子に丸に八の字、丸八としてあるって言ってたな。
こんな所で『おや、お二人さん』なんてのも野暮ってもんだ。
ようし、夜分にお宅の方へ、うかがい之助っ!」
八五郎:まぁいいや、こんだけ丁寧に回向したんだ、大丈夫だろ!
んふ~、待ってるよォ!
語り:野良の太鼓持ちに聞かれていたともつゆ知らず、八五郎、すっかり
いい心持ちで支度を進めていた。
しかし待てど暮らせど誰も来ず、そのうち響く丑の刻の鐘。
八五郎:「なぁにやってんのかねぇ、さっきから鐘がゴンゴンゴンゴン鳴っ
てんのによォ、来ないね。
酒の燗をつける支度もできてんだ。
まぁそうしてるうちに来るだろ。
『あたしよ、向島から来たの。こんばんわ。こんばんわ。』。」
新朝:「え~こんばんわ!」
八五郎:「?…ちょっと声が違うんじゃねえかい?野太い声だね。
あ、そうだ骨が家財道具やなんか背負ってきたんだ。だから、下腹に力が入るんだよ。
あいよ!今日からおめぇの家だよ!そこ開けて中ぁ入ってくれ!」
新朝:「へぇい!こんばんぅわッ!(挨拶しながら驚き)
うわァ~~こりゃまた結構なお宅でございますな…国破れて山河ありなんて言うけど、
障子破れて桟ばかりだねこの家は。突き当たりのあれ、仏壇でげすか?あのみかん箱。
乙なお仏壇でげすなぁ。サザエの壺のお線香立てに、アワビっ貝のお燈明立て。
江の島みたいな家でげすなぁ。居ながらにして月見ができるなんざ、風流でげす!
貧乏してもこの屋に風情あり!質の流れに借金の山!ヨーイヨイッと!」

八五郎:「なっなっなッ、なんなんだよこいつは!おっそろしく口の悪い奴が来やがった。
何だお前は!?」

新朝:「あっしは新朝という幇間(たいこ)でげす。」
八五郎:「なに? 新町の太鼓? ああ、昼間のは馬の骨だった。」
原話は中国の明代に書かれた笑話本「笑府」の一編「学様」(男のもとに楊貴妃の霊が訪れ、別の男の所には張飛の霊がやって来る。同じ読みの「妃」と「飛」を掛けたもの)。 その後1837年(天保8年)刊行の小咄集『落噺仕立おろし』に「笑府」の題で翻案されたものが収録されたそうです。
関西では「骨釣り」の題で登場人物と設定は大きく変わりますが似たようなような展開です。 成立過程ははっきりしないようです。 ただし「骨釣り」のほうが原話の構造に近いのですが。(釣り上げた骨の供養をした幇間の繁八のもとに若く美しい娘の霊が礼に訪れ、隣人の喜六のもとには石川五右衛門の霊) 江戸の『野ざらし』は、「托善の正蔵」こと二代目・林家正蔵師が『笑府』をもとに仕立て[、初代・三遊亭圓遊師が現在の陽気な滑稽噺の形に改作したとされる。「野ざらし」の場合、サゲがわかりにくいこともあり、最後まで演じられることはまれで、多くは途中で噺を終えているようです。
昭和において一番売りにしていたのは、三代目・春風亭柳好師ですね。音源もCDで発売されてますが本来怪談的要素が濃い噺を楽しく聞かせてしまうあの調子は耳から消えづらいものがあります。「梅は咲いたか」の出囃子で高座に上がると客席から「野ざらし!」「ガマ(の油)」と声がかかるほどの人気ぶりだったようです。同時代では他に六代目・春風亭柳橋師、四代目・三遊亭圓遊師、八代目・春風亭柳枝師が演じてました。八代目・柳枝師は評判の高い三代目・柳好師演に対抗してか、マクラにおいてあのわかりづらいサゲをわかりやすくするためのヒントをふって、最後まで演じることがあり、その速記も本になっています。
新町(新町)=浅草新町(現在の台東区今戸一〜二丁目)は太鼓作りが盛んだったこと、「幇間(たいこもち)」を略して「太鼓(たいこ)」ということ、「太鼓」の皮は「馬」の皮で出来ていることをマクラで説明して、「新町の太鼓?ああ、昼間のは馬の骨だった。」とまで持って行くのわけですね。
三代目・柳好師、八代目・柳枝師の後も七代目・立川談志師、五代目・三遊亭圓楽師、三代目・古今亭志ん朝師、八代目・橘家圓蔵師、十代目・柳家小三治師等、多くの落語家さんによって語り継がれている噺です。
私が聞いた中でサゲまで演じたことのある落語家は八代目・圓蔵師、十代目・小三治師です。ただ両師はマクラでのサゲについての仕込みはありませんでした。サゲも「幇間(たいこ)?ああいけねえ。さっきのは馬の骨だった。」と「幇間」と「太鼓」だけをかけたものにしてました。
「幇間(たいこ)」と「太鼓(たいこ)」を引っかけた可笑しみは、現代の観客にはどこまで伝わるのでしょう。太鼓の皮が馬の皮であるという認識もどこまであるのでしょう。八代目・圓蔵師も十代目・小三治師もサゲやストーリー可笑しさよりも調子で聴かせているという感はありましたが。
他にわかりやすく面白いサゲはないかななんて考えてしまいます。
釣りをせずに騒いでいる八五郎を見かねた親切な他の釣り人が
釣り人「あなたに釣りのコツをお教えしましょう。」 八五郎「教わるには及ばねえ、コツ(骨)なら今晩、礼に来ます。」
とかね。
これから本格的に夏を迎えます。
皆さま身体お大事に。

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