四方山々の雪が溶け

落語
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「四方山々の雪が解け大川の水かさが増し・・・・・・・・。」

地球の温暖化が進んでいる現代において、山に降り積もっていた雪がすっかり解け切ってしまうのは何月なのでしょうか。

数十年前に北方の自然観光として人気のある地について、ガイドブックを見ていたところ5月のゴールデンウィーク中は、まだ雪がたくさん残っているとしてあり、関東住まいの私はやや驚きを覚えました。

最近、その地についてネットで調べてみたら、5月中は残雪の眺めが魅力であるとしてありました。温暖化が進んでいる現代の初夏でも雪が残っているところは残っているのですね。

今から百年以上も昔、「温暖化」のない「花のお江戸」で「大川の水かさが増す」ほど「四方山々の雪

が溶ける。」のはやはり4~5月だったのでしょうか。

今回はそんな季節のこの噺を取り上げたいと思います。

野ざらし

長屋に住む八五郎。隣人の年寄の浪人尾形清十郎の家の戸を朝から腹立ちまぎれに叩いている。

尾形清十郎は何の指南をしているかはわからないが「先生」と呼ばれている。


八五郎:「(戸をドンドン叩きながら)おぅごめんよッ! ごめんよッ!! ごめんよッ!!!」

尾形:「うるさいな朝っぱらから。戸をドンドン叩いているのは、となりっつぁんかい?」

八五郎:「(戸をドンドン叩きながら)そうだよッ、開けとくれよッ!」

尾形:「分かったよ、いま開けるから。(戸を開けながら)あ痛っ!」

八五郎:「あ、いけね。」

尾形:「おい、なんだってわそしの頭をぶつんだい!?」

八五郎:「いやだって、今ドンドン戸をたたいているとこをさ、先生がガラッと開けるもんだから、手が

すっぽかしてポーンていっちゃったよ。戸にしちゃぁやわらけぇと思ったね。 でも別に痛かねえや。」

尾形:「そりゃこっちのセリフだよ。こんな朝っぱらからお前さん、いったい何事だい?

八五郎:「何事もかにごともねぇ。先生、黙ってお金を一両いちりょうくださいよ。」

尾形:「お前さんも変な人だな。いわれのない事言ったって、金はびた一文たりともやらないよ。」

八五郎:「いわれがねえ?じゃあいわ因縁故事来歴いんねんこじらいれき物語ものがたって聞かせようじゃねぇか。

    ゆうべの女、一体どっから連れてきたんだ?」

尾形:「昨夜の女?わしはひとり者だよ。婦人ふじんは寄せ付けない聖人せいじんのような暮らしをしてるんだ。お前、

夢でも見たな?」

八五郎:「夢だァ?おう先生、夢じゃねえ証拠しょうこを見せようじゃねえか。そこの壁の穴を見てくれよ。あ

っしが開けたんだ。」

尾形:「なに、穴を……?あッッ…?アレぁお前さんの仕業しわざか!それにしても大きな穴を開けたな。

   いったいなぜこんなことをする?」

八五郎:「したくもならァね!あっしァゆうべ、ごろっと横になってみたものの、なかなか寝付ねつかれ

    ねえ。気が付きゃあ真夜中時分まよなかじぶん、寒いってんでひょいっと目が覚めると、ひそひそひそひそ男

    と女の話し声が聞こえてくるじゃねえか。 長屋ながや三十六軒、ひとり者はずいぶんいるが、

    夜夜中よるよなかに女ァ引っ張り込むような、そんないきな野郎はどこのどなただろうってよ。

    よもや先生のとこだとは思わなかったねェ。声が聞こえて形が見えねえってなこんなに気にな

    ることはねえからよ、見てえ一心で無い知恵を絞ったね。ご存知のとおりあっしァ大工だいくだ。

    商売物しょうばいもののノミで声を頼りに壁の薄いとこを見繕って、ガリガリガリガリ穴を開けてひょいっと

    のぞくってぇと、文金ぶんきん高島田たかしまだよ。色の白いところに青みがかかっていたかねえ。目がぱっち

    りしていてさ。年のころなら十六、八だね。」

尾形:「妙な数え方だね。しかもそれを言うなら十七、八だろう。十六、八じゃしちが抜けてる。」

八五郎:「へへ、七(質)は先月流しちまったよ。」

尾形:「何の話をしてんだい…。ならばっつぁん、ゆうべの婦人ふじん御覧ごろうじたのかい?」

八五郎:「そりゃもう、気になって気になって御覧ごろうじ過ぎちゃったよ!先生、いったいどうしちまった

んだい? 白状はくじょうしねぇ!今なら罪は軽いよ。」

尾形:「見たのであれば、いた仕方しかたがない。それなら聞かせてやるが、ゆうべの事を話すとなると、

   少ぉし怪談かいだんじみてくるぞ。」

八五郎:「やめてくれ先生、怪談かいだん抜きで頼むよ。きれぇなんだ。あっしは臆病おくびょうでね、こえぇ話を聞くと、

夜中に一人ではばかりへ行けなくなっちまうんだ。」

尾形:「話の順というものがあるからまぁ聞きなさい。実はっつぁん、こういうわけだ。」

八五郎:「おや、そういうわけですかい。」

尾形:「まだ何も言っちゃいないよ!…お前さんも知っての通り、わしはり好きだ。

   昨日も向島むこうじまへ行ったが、間日まびと言うのか雑魚ざこ一匹かからない。こういう日は、天が殺生せっしょう

   してはならんといましめているのだろう。竿ざおに糸を巻き付けて帰り支度じたくをしているうちに、

   がいつの間にか西にかたむいていた。

   金龍山浅草寺きんりゅうさんせんそうじで打ち出すかねいんにこもって物寂ものさびしく、ぼぉ~ん………、と鳴るとね…、」

八五郎:「せんせぇ、もうちょっと陽気ようきにやってくんねえかい?ぼぉ~ん、(陽気に)ぼあ

ーーん!てな感じでさ。」

尾形:「四方山々の雪が溶け大川おおかわの水かさが増し、上げしおみなみでざぶーりざぶりと岸辺きしべを洗う波の音。」

八五郎:「へえ……。」

尾形:「辺りはうす暗くなってわし一人、風もないのに片江かたえよしがガサガサっ、ガサガサっと

   動いたかと思うと…中からすぅーーーっと…出ェェたぁぁアアア!!!」

八五郎:「出たあ!これはいけねえ!」

尾形:「ってこらこらこらどこへ行くんだ、待ちなさいッッ!!」

八五郎:「打っ捨っといてください。」

尾形:「打っ捨っておけるか!いま、お前さんが驚いた拍子ひょうしに、ここに置いといたわしの

   紙入かみいれが姿を消したんだが?よもや、自分のふところに入れてやしないかい!?」

八五郎:「あっしが?先生の?紙入かみいれを?冗談じょうだん言っちゃいけませんよ。あっしはそういう男じゃありま

    せんよ。驚いた拍子ひょうしに人の財産をふところじこんで、それで家へ帰っちまお

    うだなんてそんな、あっしは男の出来できがねーー(胸をポンと叩くと紙入れが転がり落ちてくる)

    あっ!これかな?」

尾形:「これかなじゃないよ!なんだって人のものをふところに入れてるんだ。」

八五郎:「いや、あのすんません…驚くとなんかうわーっとふところへ入れたくなって…。くやしいげど

     ど返すよ。」                             

尾形:「他人の紙入れと取り損ねてくやしいとかなんだい、まったく。」   

八五郎:「で、何が出たんです?」

尾形:「カラスが一羽。」

八五郎:「カラスだぁ!?なぁにを言ってやんでェ、さんざっぱら人を驚かしといて、

    カラスならカラスとお手軽てがるに言ったらどうだい。何が飛び出すかと思って、こちとらきもたま

    上がったり下がったりしてらァ。そのカラスがどうしたんで?」

尾形:「ねぐらに帰るカラスにしては、ちと早すぎると思ってな。わしも物好き、なんの気なしによし

    かき分けてみると、そこに一つの生々しいどくろがあった。」

八五郎:「はぁ~、唐傘からかさこわれたやつかい?」

尾形:「そりゃろくろだよ。しかばねだ。」

八五郎:「はぁ、赤羽あかばねか。」

尾形:「そうじゃない、人骨、野ざらしだ。」  

八五郎:「あぁ、そうですかぁ、人骨じんこつざらし? はははは……てなぁ、なんです?」

尾形:「骸骨がいこつだよ!」

八五郎:「あぁ、げぇこつか。」

尾形:「げぇこつとはなんだ。いずこの方かは知れないが、このようなしかばねをさらしていては浮かば

    れまい、不憫ふびんなもの。そこでわしが上手うまくはないが、ねんごろに回向えこうをしてやったよ。」

八五郎:「回向えこうだって? つまらねえことやりやがったなぁ。」

尾形:「いや、手向け(たむ)をしてやったんだよ。」

八五郎:「はぁ、たぬきがどうしたんで?」

尾形:「なぜそう話が分からないんだね。

   『月浮かぶ水に手向けの隅田川』 生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうり頓証菩提とんしょうぼだい 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ 南無阿弥陀仏

    ととなえて、腰につるしたふくべみ残しの酒をこつにかけた。

   すると気のせいか、こつがぼうっと赤くなったような気がしたので、あぁ良い功徳くどくをしたと、家へ

   帰って寝酒ねざけんで横になった。

   さて何刻なんどきであろうか、ほとほとと、戸をたたいておとずるる者あり。

   何者かとうてみると、かすかな声で「向島むこうじまから参りました。」。

   はて、向島むこうじま親類知己しんるいちきたぐいは無し、となると、昼間の回向えこうしてやったはかえってとなり、

    狐狸妖怪こりようかいたぐいとなってたぶらかしに参ったか!

    年は取っても腕に年は取らせぬつもり、

    この尾形清十郎おがたせいじゅうろう、身に油断ゆだんなく長押なげしやり小脇こわきにかいこみ、

   つかつかつかつかつかとーー」

八五郎:「ちょちょちょ待ってくださいよ。先生の話はとても調子ちょうしがいいんですけどね、

    あっしは壁一つとなりですよ。どうかするってぇと、朝昼晩と日に三度遊びに来る。

    だけどね、今までいっぺんだってこの家の長押なげしやりが掛かってたのは見た事がねえ。

    やりどっから持ってきたんです?」

尾形:「…やりが無いから、ほうきを小脇こわきにかいこんだ。」

八五郎:「なんだほうきかよおい!ほうきとやりとじゃえらい違いだよ。

    第一ね、つかつかつかつかつかってね、この家そんなにないんだよ。

    あっしんとことおんなじじゃねえか。つかっ、てぇともう裏へ抜けちまうだろ。」

尾形:「まぁこれはもののたとえだから、黙ってお聞き。

   がらり戸を開ける、『乱菊らんぎくや きつねにもせよ この姿』

   ゆうべのむすめが音もなく、すーっとこれへ入ってきたと思いなよっつぁん。

   『わたくしは、向島むこうじまかばねさらしておりました者。あなたの回向えこうによって今日こんにち初めて浮かぶ事がで

   きました。行くところへ参る前に、お礼に参じました。おみあしなりともおさすりいたしましょ

   う。』

   はるばる向島むこうじまから来たる者をすげなく帰すのも何とやら、足をさすらせ、かたたたかせしていた。

   ゆうべのあの娘はそういうわけで、この世の者ではない。」

八五郎:「この者じゃねえって事は、あの世の者ですか…。オバかい?ユウかい?

    オバだろうがユウだろうが、ああいうイイ女なら、一晩みっちり話がしてみてえなあ。

    そのこつってのはまだありますかね?」

尾形:「それは分からんな。」

八五郎:「わからんな(若旦那)も大旦那も番頭もあるかってんだ。しみったれた事言うねえ。」

尾形:「誰がしみったれてるんだ。まぁ行ってみればあるかもしれんよ。」

八五郎:「あ、そうすか。じゃ、なんとかかんとかって言う、

    そのこつの来る間抜まぬけのってのを教えてくださいよ。」

尾形:「間抜まぬけのではない、手向たむけのだ。」

八五郎:「そうそう、たぬきの。」

尾形:「手向たむけの!」

八五郎:「へへへ、手向たむけね、手向たむけ。」

尾形:「『月浮かぶ 水も手向けの 隅田川』   

   生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうり、 頓証菩提とんしょうぼだい 南無阿弥陀仏なむあみだぶつなむあみだこらこらこらこら!

   何をしてるんだ、人の竿ざおをガラガラガラガラかき回して。

   おいおいおいいかんよ、おい、その竿ざおは持ってってはいかん!

   だめだめだめ!それはわしが大事にしている竿ざおだ、折られたら作る竿師がもう居らんのだ。

   他のを持って行きなさい!」

八五郎:「てやんでぇ、ぐずぐず言うなィ!借りてくよォーーー。」

    てんで途中で酒を三合ばかり都合する。

八五郎:「へっ『年は取っても浮気は止まぬ止まぬはずだよ先がない』ってえが全くだ。

    『わしは聖人じゃからな、婦人ふじんは好かんよ。』なんてよぅ。

    りだ、りだって言っちゃ、女のこつって歩いてやがったんだねえ。  

    おや、また大勢釣りに来てるねえ。年寄としよりばっかりだよこれ。

    近ごろの年寄としよりは色気いろけづきやがったねまぁ。

    うぉぁーーーいッッ!!

    こつれるかァ?こつこつゥ!

    こつれるかァこつはよ!

釣り人1:「はぁ?こつぅ??今みんなでもって、お魚ァってます。」

八五郎:「てやんでぇこの野郎とぼけやがって。

    隠そうったってそうはいかねェぞ。

    ネタは上がってんだネタは。

    どんなこつりに来やがったてめぇは!

    新造しんぞ年増としまかァ?

    乳母おんばさんか子守りっ子かァ?

    泡ァらってオカマなんかるな!

    どんな女だァーーーーッッ!!?」

釣り人1:何ですかねあれ、土手どての上で女の事ばっか口走ってますよ。

釣り人2:「目が血走ってますね。ゆんべかみさんにでも逃げられたんじゃないですか?」

釣り人1:「そんなものはってませんよ。今みんなでもってね、仲良くお魚をってんですよ。」

八五郎:「なぁに言ってやんでェこの野郎ォ。魚釣さかなつるってツラかおめぇは。 首でもれェ!」

釣り人1:「なんだありゃ…。」

八五郎:「俺も今そこへ行くよ!」

釣り人1:「来るよ、来るって!」

釣り人2:「困りましたなぁ、あぁ降りてきましたよ。」

釣り人1:「すいません、そちらお膝送ひざおくりを願いますよ。」

八五郎:スチャラカチャンチャン、スチャラカチャン♪っとォ!さぁどいてくれどいてくれ!

    どっこいしょのしょっと。」

釣り人1:「どうでもいいけどこの人…ぷっ。」

八五郎:「あん? き出しやがったな。人の顔見てき出すツラかよ!吹けば飛ぶようなツラぁしや

     がって!てめえっちにいい骨釣られて『ああ、さいでござんすか?』と引っ込むようなおあ

     にいさんとおあにいさんの出来が違うんだ。(釣り糸を川へ放りなが)♪あたしやあ~年

      増がええええ~すきなんですよおお~。」

釣り人1:「釣りしているようじゃないね。湯に入っているようだね。変だねこの人。餌付けないよ。

     ちょっとあなた、失礼ですがね、えさを付けないとお魚はれっこござんせんよ。」

八五郎:「つけなくっちゃお魚はれっこござんせん? てやんでェ、連れっ子もままっ子もあるかっ

     てんだ。こうやってたらそのうち日が暮れて、かねがごぉーんっと鳴るだろ。よしがガサガサっ

     てやってカラスがパッと飛びゃあこっちのもんだ。

    かねがボンとなァりゃサァ♪

    上げしおォ 南サ♪

    カラスがパッと出りゃ コラサノサ♪

    こつがある サーイサイ♪

    スチャラカチャンたら スチャラカチャン♪」

釣り人1:しょうがないねこの人は。

     もしもし、もしもしあのですね、その、浮かれてさわがないでもらえませんかね?

     せっかくお魚が寄って来てるんですよ。

     あなたの声聞いてみんな魚が逃げちゃうじゃないですか。」

八五郎:「何ィ!?俺の声を聞いて魚が逃げるゥ?魚に耳があんのかい? 

     どこについてんだ、教えろ、見せろ!

    そのまたこつにとサ♪ 

    酒をばけりゃサ♪

    こつがべべ着て コラサノサ♪

    礼に来る サーイサイ♪

    そらスチャラカチャンたら スチャラカチャン♪」

釣り人1:「かき回しちゃだめだよ!水をかき回さないでください!」

八五郎:「 何を?!かき回している?!誰がかき回してんだよ?!誰が!    

    てめえっちの国じゃ、こういうのをかき回すってのか?

    かき回すってなあ、こぉぉぉやるんだよ!」

釣り人1:「ああ、ホントにやっちゃったよ。」

釣り人2:「今日はもうお魚ぁれませんな…。」

釣り人1:「しょうがねぇ、面白おもしろいから見てましょう。」

八五郎:「だけど、先生んとこ来た女は、ちょいと年が若すぎたね。

    若い方が水っぽくておもしれェって言うけどよ。

    痛がるばかりで面白おもしろくねえことの方が多いって言うね。

    遊んでて面白おもしれぇのは、二十七にじゅうしっぱち三十凸凹さんじゅうでこぼこ

    おつ年増としまこつがいいってな。

    どんな形とらしても嫌がらねぇし、あぶらが乗ってたまんねぇよ。

    やってきますよォ、カラコンカラコンカラコンカラコン~。

    『こーんばーんわァ!あたし向島から来たの。』

    『待ってたんだ、入ってくんねえ。』

    『うっかり入ったりしたら、そばにつのの生える人かなんかいるんじゃないの?」

    『んなもんいるもんかい、一人もんだよ。いいからこっち入ってくんねぇ。』

    『そう?じゃあたし、お前さんのそば行って座ってもよくって?』

     こつが、すーっと上ってきて、あっしのわきへ、ペタッりと座って…。」

釣り人1:【吹き出す】うぷっ!水たまり座っちゃったよ。ここ、あんまりよくないんじゃないの?

八五郎:「手を取ってやると待ってましたとばかりに、よろよろって倒れるね。

    ひざの上に乗っかる、いい匂いがしてたまらないね!

    上から下から攻めようか。三所攻みところぜめてェやつでひぃひぃ言わしてやりたいね。

    『たまんなくなっちゃった、なんとかしておくれ!収めておくれよ!』

    ってんで、

    『ゆっくり楽しむんだ、今日からおめえと夫婦めおとだよ。』

    『うまいこと言ってお前さん、あたしがしわしわのおばあちゃんになったら若い女引っ張りこ

     んで浮気をするだろ?その口でもってあたしをだますんだね。ちきしょう。お前さんのその口

     が憎らしいよっ。』」

釣り人1:「痛い痛い痛い痛い!痛えなあ! 人のほっぺたつねるなよ!」

八五郎:へへ……くなよォ。

釣り人1:「きゃしないよ!てめえひとりでやってやがれ!」

八五郎:「『もし浮気うわきしたらくすぐるよ!』『よせやい、俺ぁくすぐられるのはダメなんだよ。』

    『そう言わないでさ、ちょっとくらいくすぐらしておくれよ。』

    てんでこつが優しい手を出してあっしのわきの下を、

    こちょこちょこちょこちょっと、

    『やめろ、ダメだって、やめて、くすぐったいから……あっ。』

    (鼻に釣り針を引っかける)

    …痛い。! あたたた……!」

釣り人1:「あの人、魚ァらねえで自分の鼻をっちまったよ。どうしましたァ!?」

八五郎:「(鼻に釣り針が引っ掛かってる)っこれ、取ってくんない?

    誰かこれ取ってくれよ、取ってくれってんだ。ちきしょう、みんな手をたたいて笑ってやがる。

    薄情はくじょうな連中だイテテテテ、どういうわけでこんなとこへ針が引っ掛かりやがんだ。

    ぁでぇッ!

    うわぁいてぇ…鼻から血が出て来ちゃったよ。

    バカバカしくて鼻血(話)にならねえな!

    こんなものが付いてるからいけないんだよ。

    捨てちまえ!そりゃッ!

    さあ来い!」

釣り人1:「あの人、ばり投げ捨てちゃったよ!それじゃ魚はれないよ!」

八五郎:「魚ァりに来たんじゃねェ、俺ァ女をりに来たんだ!」

釣り人1:「これ以上かかわらない方ががいいですな。」

八五郎:「へっ、やぁっと邪魔なのがいなくなった。

    ぱーぱーぱーぱー色んなこと言って、うるせぇったらないね。

    なまじいろには連れは邪魔、ってのを知らねえのかよ。

    …お? ありゃあ弁当だ。忘れて行きやがったんだね。

    ありがてぇ、腹減ってたんだよ。

    おっ、こいつァ焼き豆腐どうふた奴だ。

    へへへ、いただこうじゃねえか。

    【食べながら】

    うまいねぇ、こういうのを釣りに来ていただけるとは思わなかっ

    たね。

    うん、うまい。

    これで夜になると女が来るんだ。

    昼間はありがとう、わざわざ豆腐(遠くと掛けている)の方から

    参りました、ってな。

    と言っている間に金龍山きんりゅうざん浅草寺せんそうじかねの音。

八五郎:「おっ、鳴ってる鳴ってる、鳴ってますよォ。

    ここでよしをガサガサってやってカラスがパッとぉっとっと!

    出た出た!…出たけどカラスじゃねえなあ…椋鳥むくどりだ。

    今日はカラスは風邪っ引きでむくちゃんが代演って

    やつだな。

    さて、こつは~どこ~に~…おっ、あった!ありましたよ。

    ありがてえ…?あれ、こっちにもある…ってあそこにもあらぁ。

    え、こっちにも?…こここつだらけだぁ。

    どのこつがいいかって目利めききなんざできねぇよ。

    当たりハズレあったらやだな…。

    ま、いいや、みんなこうやってね、酒をまんべんなく振りかけと

    いて…先生みたいに飲み残しじゃねえ、わざわざ買って来たんだ

    あーそうだ、こつの来る間抜まぬけのなんかあったね。

    えーっと、えーと…あ、

    『月浮かぶ・・・・たぬきが出てきてこんばんは・・・・』   

    よォ、聞いてる?

    俺んとこはね、浅草門跡様あさくさもんぜきさまの後ろ、八百屋やおや横丁よこちょう入ってかどから

    三軒目さんけんめ腰障子こししょうじに丸に八の字、丸八まるはちとしてあらぁ。頼むよォ。」

語り:呑気のんきなもので八五郎はちごろう、とくとくとして続ける。

   妄想もうそうに夢中で気づかなかったが、よしの影に屋根船やねぶね一艘いっそう

   中には客待きゃくまちをしている野良のら太鼓持たいこもちがいた。

   あんな大きな声でひとり言を言うもんだから、話はすべて筒抜つつぬけ。

 

新朝:「おやおやおや、みょうな事を聞いちまったね。

   こんなとこで女と再会の約束なんかしてるおつな奴がいるよ。

   えーっと、浅草門跡様あさくさもんぜきさまの後ろの八百屋やおや横丁よこちょう入ってかどから三軒さんけん目、

   腰障子こししょうじに丸に八の字、丸八まるはちとしてあるって言ってたな。

   こんな所で『おや、お二人さん』なんてのも野暮やぼってもんだ。

   ようし、夜分やぶんにお宅の方へ、うかがい之助のすけっ!」

八五郎:まぁいいや、こんだけ丁寧ていねい回向えこうしたんだ、大丈夫だろ!

    んふ~、待ってるよォ!

語り:野良のら太鼓持たいこもちに聞かれていたともつゆ知らず、八五郎はちごろう、すっかり

   いい心持こころもちで支度したくを進めていた。

   しかし待てどらせどだれも来ず、そのうちひびうしこくかね

八五郎:「なぁにやってんのかねぇ、さっきからかねがゴンゴンゴンゴン鳴っ

    てんのによォ、来ないね。

    酒のかんをつける支度したくもできてんだ。

    まぁそうしてるうちに来るだろ。

    『あたしよ、向島むこうじまから来たの。こんばんわ。こんばんわ。』。」

新朝:「え~こんばんわ!」

八五郎:「?…ちょっと声が違うんじゃねえかい?野太い声だね。

    あ、そうだ骨が家財道具やなんか背負ってきたんだ。だから、下腹に力が入るんだよ。

     あいよ!今日からおめぇのうちだよ!そこ開けて中ぁ入ってくれ!」

新朝:「へぇい!こんばんぅわッ!(挨拶しながら驚き)   

   うわァ~~こりゃまた結構なお宅でございますな…国破くにやぶれて山河さんがありなんて言うけど、

   障子しょうじ破れてさんばかりだねこのうちは。突き当たりのあれ、仏壇ぶつだんでげすか?あのみかん箱。

   おつなお仏壇ぶつだんでげすなぁ。サザエのつぼのお線香立せんこうたてに、アワビっかいのお燈明立とうみょうたて。

   江の島みたいなうちでげすなぁ。居ながらにして月見つきみができるなんざ、風流ふうりゅうでげす!

   貧乏びんぼうしてもこの風情ふぜいあり!しちの流れに借金の山!ヨーイヨイッと!」

八五郎:「なっなっなッ、なんなんだよこいつは!おっそろしく口の悪い奴が来やがった。

    何だお前は!?」

新朝:「あっしは新朝という幇間(たいこ)でげす。」                           

八五郎:「なに? 新町の太鼓? ああ、昼間のは馬のこつだった。」

原話は中国の明代に書かれた笑話本「笑府」の一編「学様」(男のもとに楊貴妃の霊が訪れ、別の男の所には張飛の霊がやって来る。同じ読みの「妃」と「飛」を掛けたもの)。               その後1837年(天保8年)刊行の小咄集『落噺仕立おろし』に「笑府」の題で翻案されたものが収録されたそうです。

関西では「骨釣り」の題で登場人物と設定は大きく変わりますが似たようなような展開です。     成立過程ははっきりしないようです。                              ただし「骨釣り」のほうが原話の構造に近いのですが。(釣り上げた骨の供養をした幇間の繁八のもとに若く美しい娘の霊が礼に訪れ、隣人の喜六のもとには石川五右衛門の霊)              江戸の『野ざらし』は、「托善の正蔵」こと二代目・林家正蔵師が『笑府』をもとに仕立て[、初代・三遊亭圓遊師が現在の陽気な滑稽噺の形に改作したとされる。「野ざらし」の場合、サゲがわかりにくいこともあり、最後まで演じられることはまれで、多くは途中で噺を終えているようです。

昭和において一番売りにしていたのは、三代目・春風亭柳好師ですね。音源もCDで発売されてますが本来怪談的要素が濃い噺を楽しく聞かせてしまうあの調子は耳から消えづらいものがあります。「梅は咲いたか」の出囃子で高座に上がると客席から「野ざらし!」「ガマ(の油)」と声がかかるほどの人気ぶりだったようです。同時代では他に六代目・春風亭柳橋師、四代目・三遊亭圓遊師、八代目・春風亭柳枝師が演じてました。八代目・柳枝師は評判の高い三代目・柳好師演に対抗してか、マクラにおいてあのわかりづらいサゲをわかりやすくするためのヒントをふって、最後まで演じることがあり、その速記も本になっています。

新町(新町)=浅草新町(現在の台東区今戸一〜二丁目)は太鼓作りが盛んだったこと、「幇間(たいこもち)」を略して「太鼓(たいこ)」ということ、「太鼓」の皮は「馬」の皮で出来ていることをマクラで説明して、「新町の太鼓?ああ、昼間のは馬の骨だった。」とまで持って行くのわけですね。

三代目・柳好師、八代目・柳枝師の後も七代目・立川談志師、五代目・三遊亭圓楽師、三代目・古今亭志ん朝師、八代目・橘家圓蔵師、十代目・柳家小三治師等、多くの落語家さんによって語り継がれている噺です。

私が聞いた中でサゲまで演じたことのある落語家は八代目・圓蔵師、十代目・小三治師です。ただ両師はマクラでのサゲについての仕込みはありませんでした。サゲも「幇間(たいこ)?ああいけねえ。さっきのは馬の骨だった。」と「幇間」と「太鼓」だけをかけたものにしてました。

「幇間(たいこ)」と「太鼓(たいこ)」を引っかけた可笑しみは、現代の観客にはどこまで伝わるのでしょう。太鼓の皮が馬の皮であるという認識もどこまであるのでしょう。八代目・圓蔵師も十代目・小三治師もサゲやストーリー可笑しさよりも調子で聴かせているという感はありましたが。

他にわかりやすく面白いサゲはないかななんて考えてしまいます。

釣りをせずに騒いでいる八五郎を見かねた親切な他の釣り人が

釣り人「あなたに釣りのコツをお教えしましょう。」                       八五郎「教わるには及ばねえ、コツ(骨)なら今晩、礼に来ます。」

とかね。

これから本格的に夏を迎えます。

皆さま身体お大事に。

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