「夏の噺」と分類されることがあるのですが

落語

今年も残り僅かになりました。                                年末が背景になっている噺でいささか思うところがあるので、今回はそれを取り上げてみたいと思います。

   

     加賀の千代

現代は日用品を購入しようと思えばほとんどが現金商いとなっているが、昔は近所で買い物をする限りでは掛売り、掛買いが通り相場だった。

そんな時代、大晦日といえば一年間の売掛、買掛を清算しようというので皆が殺気立っている日であったが、そんな物どこ吹く風、明日は元日だから凧揚げに行くなどと暢気な事ばかり言っているのがこの噺の主人公甚兵衛。

話を聞いている女房は呆れ顔。実は買い掛けがまだ残っているのだ。

「じゃあ死んだふりするか」という甚兵衛に、「去年の大晦日甚兵衛が表へ出て行ったのでてっきり金の算段しに行くのかと思ってみれば早桶担いできて、『俺がこの中に入って死んだふりするからお前泣いてろ』って言ったのだが、甚兵衛は早桶の中でくしゃみしたりおならしたりするものだから泣けるわけがない。 やむなく茶碗に茶を入れて目の縁を濡らしていたのだが、うっかりして茶殻をつけてしまい、魚屋に『あんまり泣かないほうがいいよ。目から茶殻が出てきた』と言われて気恥ずかしい思いをしたし、大家が来たときは香典を出すと言うので受け取れないと押し問答していたら甚兵衛が早桶から手を出して『せっかくだからもらっとけえ。』って言ったものだから大家が腰を抜かしてしばらく具合が悪くなってしまったりと大騒ぎだった。」

と女房。

そう言っていても埒が明く訳でなし、そこで女房、近所に住んでいる知り合いの隠居に借財を申し出てくれと切り出す。

たびたび借財していてちっとも返していないから言いにくいという甚兵衛に、あの隠居さんはお前さんを可愛がってくれているんだから貸してくれるよ、と女房。

「子でもねえ、孫でもねえものが可愛い訳ねえだろ」

「そんなことないよ。犬や猫を御覧な、好きな人は膝へ抱いたり懐へ入れたり。植木だって好きな人は毎日世話をするし、朝顔だって可愛がる人がいるんだよ」

「朝顔を? 膝へ抱いたり懐に入れたり?」

「違うよ。昔、加賀の国に千代と言う人がいてね、その人があるとき井戸へ水汲みに行ったら朝顔の蔓が釣瓶に捲きついてきれいな花を咲かせてた。水を汲むには朝顔の蔓を切らなくちゃいけないけど、それはかわいそうだというのでわざわざ近所の家に行って貰い水をした。のちにそれを『朝顔に 釣瓶取られて 貰い水』と句にしたためた。ね、朝顔だって可愛がる人がいるだろ?」

感心する甚兵衛。

女房は甚兵衛に手土産として饅頭を持たせる。

「こんな安い饅頭は隠居さん食べないよ」

「いいんだよ。義理を掛けに行くんだから」

さて、肝心の借財の額だが女房は20円借りて来いという。

「普段1円か2円しか借りてないのに20円なんていったら隠居さんびっくりする」

「8円5~60銭あれば間に合うんだけど」

「だったら10円でいいじゃねえか」

「それがそうじゃないんだよ。10円って言って、もしたびたびだから半分の5円持って行けと言われたら帯に短し襷に長し。20円なら半分でも10円になる。それが掛け値。よく覚えておきなさい」

女房に尻をたたかれて甚兵衛は隠居の家にやってくる。

饅頭を差し出した甚兵衛にこんな気を使わなくていいんだと隠居。

そこで甚兵衛、「義理掛けに来ただけ」と楽屋裏を喋ってしまう。

隠居は甚兵衛の開けっぴろげな所が好きなのだ。                          ついでに借財に来たらしいことも先回りして言ってしまい、

「また当たった」

「当て物してるんじゃないよ」

苦笑しながらも隠居は融資を承諾する。

20円借りに来たと言う甚兵衛だが隠居はちっとも驚かない。

「おかしいな。驚くはずなんだけど……」

「何だい。驚かなきゃいけないのかい。じゃあもういっぺん言ってごらん」

「驚くな、20円だぞ」

「ああ、驚いた(棒読みで)」

「ほら驚いた」

「お前さんが驚けって言ったんじゃないか」

女房の筋書き通り半分しか出さないのかと思いきや、隠居はすんなり20円を出したものだから甚兵衛戸惑って

「そうじゃないよ、隠居さん」

てっきり額が少ないんだと思い、120円、さらに220円にする隠居。

「終いには怒りますよ」

「いいんだよ。いくらでも貸してあげるんだから。(下働きの者に)すまないけどね、すぐに本家へ行って『御隠居様急にお金の必要なことができましたから御融通願います』と言ってきておくれ」

たまらず甚兵衛本当のところを喋ってしまう。

「何でそう言わないんだ」

「隠居さん、そこが素人なんだ。8円5~60銭必要なところで『10円貸してくれ』って言って、『たびたびだから半分の5円持って行け』って言われたら帯に長し襷に長し」

「それを言うなら『帯に短し襷に長し』だろ」

「ああ、そうです。……聞いてました?」

「そんな訳ないだろ」

「20円って言えば半分の10円でちょうど良くなる。これが掛け値。よく覚えておきなさい」

甚兵衛、女房の受け売りどおりに喋ってしまう。

「それじゃ10円でいいんだね。じゃ、10円出すから持ってお行き」

「ああ、ありがとう。やっぱり朝顔だ」

「何だい? 朝顔って?」

「いやね、『朝顔に 釣瓶取られて 貰い水』だって、それじゃ、さようなら」

「現金な奴だな。金受け取った途端にさようならって……。

今妙なこと言ったね、『朝顔に 釣瓶取られて 貰い水』

……はて、どこかで聞いたような。

『朝顔に 釣瓶取られて 貰い水』

……ああ、加賀の千代か」

「ううん、嬶(かか)の知恵」

昭和20年代に関西の噺家の初代・橘ノ圓都師が古い俄のネタを元に創作した新作落語だそうです。のちに三代目・桂三木助師はとによって東京でも演じられるようになりました。

私は最初に三代目・三木助師の弟子であった九代目・入船亭扇橋師演を角川文庫「古典落語」で読みました。                                            その後、三代目・三木助師の総領弟子であった七代目・春風亭柳橋師演をナマで二回聴きました。     その後、三代目・三木助師演をラジオで、初代・圓都師演をCDで聴きました。            最近では現・春風亭一之輔が演じているのをNHKテレビで視ました。

七代目・柳橋師演を最初に聴いたのは「NHK東京落語会 」の七月公演ででした。          その公演のサブタイトルは「夏の噺」でした。                             この時の他の演目は「湯屋番」(現・桂南喬師)「うなぎの幇間」(四代目・三遊亭歌奴師)、「宇治の柴舟」(二代目・桂小南師)、「たがや」十代目・柳家小三治師、「牡丹燈籠〜お札はがし」六代目・三遊亭圓生師と如何にも夏向きの噺でしたが、「加賀の千代」は大晦日という設定ですからね。                                     季節的に違うんじゃないかなと思うのですが、題材が「朝顔」なので「夏の噺」と分類されたのでしょうか。                                          「掛け金」の「節季払い」は「大晦日」だけでなく「お盆」にもあったそうですから、「加賀の千代」をあくまで「夏の噺」にしたいのであれば、「大晦日」でなく「お盆」という設定にしても良いのではと思うのですが。                                       この辺りは演じる落語家さんの意見を聞いてみたいところです。

加賀千代女は、18世紀の俳人。加賀国松任(石川県白山市)で松尾芭蕉の弟子の各務支考が北陸行脚の折に松任でその才能を見出したと言われております。                        生涯に1700余の句を残したと言われているそうですが近年ではその代表的な句が本当に千代女自身によって詠まれたものであるかどうかという説や甚だしいのは実在したか否かを疑う説も出来ているようですね。

噺の主人公の甚兵衛さんは大晦日の支払いのことなんか考えずに正月に凧上げしようなんて考えていて、世の中ついでに生きているオヤジの見本かなみたいに思えます。                  しかし、初代・圓都師は主人公の名前を喜六としてましたが、「職人」としては他人の二倍も三倍も稼げる男としてました。                                    杉浦日向子先生によると、江戸時代の裏店での生活は「定職」は無くても「日雇い」の仕事だけでも、日々真面目に働いていれば充分にやっていけたようですが、どうも怠け者が多かったようですね。

同じ題の落語があったそうですがこちらは現在は演じ手がないようですね。

旦那が女中のところへ夜這いに行くが、女房が女中は二階に上げたとだまし、旦那が上がると梯子を外してしまった。                                       朝になって旦那が空腹に耐えかねて下をのぞくと、女房から書き付けが上がってきた。       見ると、「起きて見つ寝て見つねやの広さかな​」とある。
「さすがはわしの女房、焼き餅の焼き方が風流だ」
 と感心していたが、腹が減ってたまらない。                         それに気付いた隣の女房が、気の毒に思って窓越しににぎり飯を差し入れてくれると、旦那は書き付けを自分の女房に渡してくれるようにことづける。  

女房が開くと、「けさかかにはしご取られてもらい飯」

加賀千代女の句が題材とサゲにもなっているので理解するにはその予備知識が必要となる噺ですね。

こちらは「噺」の性格からして「夏」ではなく「春」の「噺」とした方が良いかも知れませんね。

皆様は是非善い「春」をお迎えくださいませ。



コメント

  1. hajime より:

    江戸時代の職人などは月のうち半分ぐらいしか働かなかったそうですね。それでも充分食べて行けたそうですね。それに火事が多かったので仕事にあぶれることも殆どなかったとか。それに、あくせくしてお金を貯めても銀行がある訳ではないので、火事になれば一切を失ってしまう危険性もあったわけで、一概に怠け者とは言えなかったようです。(江戸時代もこ後半になると米問屋などに預けて運用して貰うシステムが出来たそうです)

    • ヌーベルハンバーグ より:

      hajimeさん
      コメントありがとうございます。
      銀行のなかった時代は米問屋などに 預けて運用任せるということもやっていたのですね。
      勉強になりました。
      預けた中から米代もひねり出してもらって、三度の食事に事を欠かないようにという事もやっていたのでしょうか。

  2. 立花家蛇足 より:

    良いお年をお迎えくださいまし m(__)m

    『加賀の千代』、ちょうどケンちゃんが一本書いてます。
    https://kenbouhoushi.blog.fc2.com/blog-entry-36009.html

    • ヌーベルハンバーグ より:

      立花家蛇足さん

      コメントありがとうございます。
      よい年をお迎えください。

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