サゲはわからないけど残っているというより消えて欲しくない噺って古典落語の中にはありますね。「佃祭り」「野ざらし」「三枚起請」などがそうですね。 主に関西で多くの落語家さんに語られている下記の噺もそうですね。
小倉船(龍宮)
小倉から馬関(下関)に渡る船が、大勢の客を乗せてこぎ出した。 中に大きな透き通った壺のような物を脇に置いている男がいる。 船客 「ちょっと、そこの兄さん、あんた珍しいもん持ってなはるな。それはなんや」、「これはフラスコというて、みなギヤマンでできとりまんねん。わたしは大阪の唐物町(からものまち)の唐物屋(とうもつや)の若い者で時々、長崎へ珍しいものを仕入れに行きますのや」 船客 「これ、何しまんねん」、「この中に酒や肴を入れて、人間が入って川や海に沈めて、景色を見ながら一杯やったりすることができると、こう思いまして仕入れて来ました次第で」 船客同士で退屈紛れに、謎かけで賭けをしていた男が船縁りから小便をしている時に、胴巻きを海に落としてしまった。 五十両の大金が入っていて、金がないと大阪に帰れないと言って飛び込もうとする。 船頭らがなんとか止めていると、客の一人が、あのフラスコを借りて中に入って海に沈めて、胴巻きを探してきたらどうかと提案する。 唐物屋の若い者は断ると思いきや、ちょうどいい人体実験ができると、「・・・うん、あんたちょうどいい・・・試しにこれに入ってみなはるか・・・」で、男はフラスコに入って海中へゆっくりと沈んで行った。

海に中はきれいで、色とりどりの魚が泳ぎ、昆布や藻がゆらゆらと揺れている。 するとすぐそばの藻の間に胴巻きがからまっているが見えた。 喜んだ男は手を伸ばすが、フラスコから手は出ない。 足を踏ん張った拍子にフラスコにひびが入っのか水がしみ込んできて、フラスコはスピードを上げて海中へ沈んで行って、男は気を失ってしまった。 海底で気づいて目を開いた男、そばに楼門があり、「大竜王宮」の額が掛かっている。

「さては、乙姫さん竜宮城か。 えらいとこへ出て来たで。入って見たろか」と、楼門をくぐると、竜宮の腰元だろうか、団扇(うちわ)を揺らして、 腰元甲 「それへお越しなされしは、丹後の国は与謝の郡」 腰元乙 「水江の里の浦島様、乙姫様のお待ちかね」 腰元甲 「いざまずこれへ」 腰元乙 「お越しあそばされませ」、男は浦島太郎と間違われていると分かったが、浦島になりすまして、乙姫さんとええ事しようと、腰元に案内され竜宮城へ入って行った。

そんなうまく事は運ばずに、すぐに本まもんの浦島さんがやって来て、さっきのは偽物と判明。 腰元は竜宮警察に連絡、追われる身となった男は脱出を図り裏口の水門から抜けるとあたり一面、真っ赤な珊瑚樹畑。 こりゃあ金になる。

五十両の代わりにこいつをいただいて行こうと珊瑚樹を抜き始めた。

そこへ河豚腸(ふぐわた)長安と名乗る竜宮代官が多くの雑魚の家来を引き連れて来て、御用、御用と召し捕らんと迫ってくる。 雑魚相手に応戦するも、そこは多勢に無勢、こらぁ、かなわんと男は珊瑚樹を放り出して逃げ出した。 息が切れてきて、「もう、あかん」、するとそこへ現れたのが駕籠屋で、 駕籠屋 「えぇー旦那、駕籠行きまひょか。安くしときまっせ」 男 「駕籠、ありがたい、こんなところに駕籠屋が・・・しかし、わしゃ、大阪まで帰るんよ」 駕籠屋 「そやなあ、大阪だしたら、天王寺の亀の池か天保山の沖か、どっちかそのへんへ」 男 「そな、天王寺の亀の池まで。 けど、ようこんなところに駕籠屋がおったなあ。お前(ま)はんら、顔も髪の毛も赤いが、人間かえ」 駕籠屋(猩々) 「こんなとこに人間なんておりゃせんがな。わてらは珊瑚樹畑に住む猩々(真っ赤で大酒飲み)でっせ」 男 「猩々か、・・・・折角やけどお前はんらの駕籠には乗れんなぁ」 駕籠屋 「何でんねん」 男 「駕籠賃安うても酒代が高うつく。」

■原話は軽口 絵本臍久良辺(へそくらべ)(延享四年 西川裕信画)の中の「水中の黄金」だそうです。
この川の底には、金がたんと落ちてあるがな。どふぞして取りたいものじゃ。ヤア思ひ出した。よい思案があるぞ。ビードロの徳利へ人を入れ、川中へ下ろしたら、なんと」、「こりあ面白い」と、大徳利に入り、ズブズブと浸かりて、「オゝ、あるぞあるぞ。金だらけじゃ」。上からは、「どふじゃ、あるかあるか。早ふ取って上がれ上がれ」、「いや、それでも手が出されぬ」。
上記の話を元に初代林家蘭丸(江戸時代後期の落語家。 生没年不詳)によって作られたのが「小倉船」です。 関西では三代目・桂米朝師、五代目・桂文枝師によって演じられ、関東では二代目・三遊亭百生師によって演じられ、「龍宮」という演題で二代目・三遊亭圓歌師、四代目・三遊亭圓馬師によっても演じられてました。関西では現在も現・林家染丸、現・桂文我師他多くの落語家によって演じられてますが、関東では現在演じられているのでしょうか。
メルヘンの世界のような噺でかなり楽しい内容なのですがサゲの部分で現代では一般的でない言葉がありますね。「猩々(しょうじょう)」とは動物図鑑を見ると「オランウータン」をそう読んでいるようですが、ここでは古代中国の想像上の動物で、姿は人間に似ているけど、長い髪の毛と顔が赤く、酒が大好きという妖怪です。能・歌舞伎舞踊にも登場するのですがはっきり言って一般的に知られているキャラではありませんね。「酒手」という言葉も一般的に用いられる言葉ではありません。昔、「駕籠屋」さんや「俥屋」さんに乗り賃の他にはずんだ現代で言うチップだそうです。大酒のみの「猩々」の「駕籠屋」だから「酒手」は高くつくだろうというサゲですが現代の観客はわからない人が大部分でしょうね。現代のリアルの世界の「猩々」である「オランウータン」を「駕籠屋」に仕立てるのも図柄としては面白いかも知れませんが、「オランウータン」が酒を飲む動物かどうかですね。

先日、NHKテレビ「日本の話芸(NHK上方落語の会)」で現・月亭文都師によって演じれてました。その時サゲは、捕り手から逃れた主人公が石垣に摑まったところそれが大きな龍の鱗。びっくりして昇天した龍から振り落とされ海へ真っ逆さま。通った船から見ていた客が「ああ、龍の落とし子や。」と変えてました。

サゲを変えるのも一つの手段でしょう。メルヘンの世界に触れること、童心に帰りストレス解消の一つにもなります。 是非とも消えずに残って欲しい落語の一つです。


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