題だけで笑えそうな噺 2

落語

前回に引き続き、「題」を見聞きしただけで笑ってしまいたくなる噺を取り上げたいと思います。

近日息子   あらすじ

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息子が部屋の入口でボヤッと立っているので、父親が聞いた「どうしたんだ?」、「隣町のお芝居、近くに行ったから、ついでに看板を見たら『明日から』演ると出ていたよ」、「そんな事無い。昨日千秋楽だったんだ。いろいろ準備があるから中一日で初日と言うことは無い」、「そんな事は無いよ。『近日開演仕り候』と書いてあるから、近日って今日に一番近い日だから、明日だよ。だから用意した方がイイよ」、「近日とは『そのうちにやります』という客の気を引くための文句で、商売上手なんだ。商売というのは先へ、先へと気を回さなければならない。家の商売でも先へ先へと仕入を考える。これが大人の対応だ。お前さんでも先へ先へと気を回す。いいね」、「分かった。俺も気を回すから。今晩寝る前に朝飯食っちゃうから・・・。

 「便所に行きたくなったんで、お前が店番してておくれ」、「お父っつあん、チョット待ておくれ。気を利かせるから・・・」、「どうするんだ」、「お父っつあん、便所が混んでいるかどうか見てきてあげる」、「お前な~。二人しか居ないのに混んでることはないだろう。それが、間抜けだと言うんだ。同じ気を回すなら紙を持って来るんだ。・・・、オイオイ便箋と封筒を持ってきてどうするんだ。おまえと居るとバカバカしくて口も利けないよ」、

「『口が利けない』?それは大変だ。チョット待ってな。気を利かすから・・・」。

 お医者さんがやって来た。「お宅の息子さんが来て、『お父っつあんの容体が悪いから直ぐに来てくれ』と言うので、患者さんが居たがここに来ました。息子さんは『口が利けない』と言っていましたが、もう大丈夫みたいですね」

、「違うんです。小言を言っていたら、訳の分からないことを言うので『バカバカしくて口も利けない』と言ったのです。忙しいところ申し訳ありません」。

 息子のことで愚痴をこぼしていると、葬儀屋がやって来た。棺桶を置いて、「飾り付けは追って若い者が来ます」、「あの野郎だな。ふん縛って押し入れに入れとこう」、

「お父っつあん、葬儀屋も来た。忙しいというのを無理して頼んだんだ。飾り付けも後から来てくれるんだね。お父っつあん、安心しな、もう後はお父っつあんが死ぬのを待つばかりだから・・・」、「何してたんだ」、「気を回していたんだ。お医者さんに行ってたら、ガッカリしたような顔で戻ってきたから、これはダメだなと思って葬儀社に回って、火葬場の手配も済ませてきたよ」、「親が生きている内から、葬儀社や火葬場なんて・・・。そっち行ってろ」。

 これを見た近所の人達が驚いた。前の家の主人が、「私は朝から見ているんですが、息子が飛び出して行ったら、医者が来る、その後に葬儀屋が来る。誰かが死んだんでしょうが、息子以外だと親父さんでしょう」。「そうですか。息子が亡くなればよかったのに。惜しい旦那を亡くしましたね。ところで、挨拶に行かなければいけませんよね。私は挨拶が得意ですから、私が行って来ます。」


 お悔やみを言っている内に旦那の顔を見てしどろもどろになって、「スイマセン」、と逃げ帰ってきた。「煙草を吸う本人の目の前でのお悔やみは言いにくい」。「顔の似ている親戚が居るんだよ」、というので今度は目のイイのが代表でお悔やみを・・・。「お亡くなりになったのは弟さんですか、お兄さんですか」、

「町内の人がさっきから私に嫌味(悔やみ)を言いに、何で来るんですか」、「煙草を吸っている場合ではありませんよ。表に出てご覧なさい。白黒の花輪と幕が張ってあります。入口にはすだれを裏替えして『忌中』と言う札が張ってありますよ。町内の者が来るのが当たり前でしょう」、

「はぁ?・・・、そこまで手が回っていたか。間違いです。伜がやったことで申し訳ないです。改めてお詫びに伺います」。

 伜はニコニコして「近所の人も、あまり利口じゃないよ」、「どこが利口じゃないんだ」、
「忌中の札のそばに近日と書いてあらぁ~」。

原話として、宇井無愁先生は安永2年(1773年)の『仕方噺口拍子』収録の「手まわし」、前田勇先生と東大落語会は安永3年(1774年)の『茶のこもち』収録の「忌中」とするとしています。他にも幾つかの小話をつないで一遍の落語になったと言います。初めは関東の落語家によって創作されたようですが、良い出来ではなかったようですね。関西に移入されて、練り直されて、初代・桂春團治師、二代目桂春團治師が得意としたそうです。東京には、二代目春團治から教わった三代目桂三木助師が東京好みに味付けし、好んで演じられて以来、広く演じられ、元の古巣東京の寄席に定着した。「近日息子」は関西で修行した結果、大きく成長し人気ものとなったようですな。現在関東では二代目・春團治師から教わった三代目・三木助師が移入したのが大部分のように思われがちですが、十代目・翁家さん馬師が「近日息子」を初めて演じた時、師匠の九代目・桂文治師が「おい、俺にも『近日息子』があるから教えてやるよ。」と言うので教わったところ、こちらの方がはるかに面白かったそうで。     九代目・文治師は関西での修業時代二代目・桂三木助門下にありながら、かなり初代・春團治師にも教わっていたそうですからね。「近日息子」もそこから教わっているかもしれませんね。       音源は初代・春團治師演、三代目・桂三木助師演、二代目・露の五郎兵衛師演が市販されていますが、九代目・桂文治師演も音源があったら聞いてみたいと思います。                 関東では他に二代目・桂文朝師演、柳家喜多八師演、現・三遊亭兼好師演、関西では六代目・笑福亭松師演、現・笑福亭呂好師演がネットで楽しめるようですね。他に私は現・金原亭伯楽師演をナマで聴いたことがありますが、三代目・三木助師演に比べて更に江戸前に洗い上げられた感がありましたね。

「近日」の意味を知り、やたらそのことに固執したあげくにとんでもないところで用いる、ピュアな「息子」。

 「近日息子」という題の付け方は傑作だと私的には思いますし、思い出す度ニヤリとしてしまうことがあります。

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