落語とお茶漬け

落語

元・大阪芸術大学教授・相羽秋夫先生がかなり以前に三代目・桂文我師の芸風を「お茶漬けの味」と記していたのを読んだことがあります。その当時はまだ三代目・文我師の落語を聴いたことがなかった私は「お茶漬けの味」の落語ってどんなのだろうと思いましたね。その後、ラジオやテレビを通じてですが師の「延陽伯」「商売根問」「始末の極意」「東の旅~軽業」等を聴いてみると語り口・表現等は師ならではの味があるのですが、後が何かさっぱりした感じがするのですね。その後、五代目・古今亭志ん生師の芸風を「お茶漬け」例えている文を読んだことがあります。

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「お茶漬け」という食べ物が出てくる落語といえばまずは「京の茶漬」でしょう。これはリアルに茶漬けを食べている噺で関西の落語ではありますが、関東の六代目・三遊亭圓生師も演じたことがあるようですね。               空想の中で「お茶漬け」を食べる噺は「たらちね」ですね。                   「お茶漬けサークサク。」と食べたいのに侘びしき飯のよそい方故に「お茶漬けサー···。」で終わってしまって嘆いているのは、「湯屋番」「紙屑屋」の主人公。「お茶漬けサークサク、世の中スイスイ。」と言って、思い詰めている相手を慰めようとする噺がこれですね。

おせつ徳三郎・刀屋

主人の娘おせつとの仲をを引き裂かれて暇を出され、おじさんの家に引きこもっている徳三郎。
おじさんは、「今夜、お店のお嬢さんのところへお婿さんが来る」と言う。「そんなことはあるはずがない。あれだけ二人で誓った仲なのに」と、思っては見るものの、所詮、女心となんとやらで、おれとはほんの一時の気まぐれ遊びだったのかと疑心暗鬼がつのるばかり。

ついには可愛さ余って、憎さ百倍、おせつを殺して自分も死んでやろうと思い詰め、わずかな金を懐(ふところ)にして表へ出た。
どこをどう歩いたのか、日本橋村松町の刀屋の前に出た。

徳三郎はうつろな目で、「なるたけ余計に斬れるのを、無茶苦茶に斬れるのをください」
刀屋 「へえへえ、これなんぞ如何でしょう。よく斬れること請け合いです」、徳三郎は刀を手に取ってやたらに振り回す。「あぶない、あぶない」、「これはいくらで」、「二十五両で願いたいが、二十二両で・・・」、いくらまけたって徳三郎に手が出る金額ではない。

徳三郎 「・・・そんなに斬れなくても、二人前斬れるのをいただきたいんで」
刀屋 「・・・さっきから目の色変えて斬る斬るって様子がおかしいが、何をお斬りになさるんで?」
徳三郎 「奉公先の使いで大金を持って旅に出ることになりました。途中で山賊などに襲われた時の用心に刀を買い求めたい」なんて、すぐにバレる嘘っぽい話をしている。

刀屋はすぐに見抜いて、「おまえさんおいくつだい」、「はい、二十歳で・・・」、ちょうど飲む打つ買うの三道楽で勘当した自分の息子と同じ年だ。
刀屋はお茶を出し、「・・・むやみに自分を追い詰めないで、気持ちをゆっくり持って・・・くれぐれも短気を起こしちゃいけません。大きなお世話だが、ご相談にも乗ろうじゃありませんか」と、親切な言葉をかける。

徳三郎はおせつとのことを自分の友達のことにかこつけて話して行く。「・・・友達が奉公している店のお嬢さんといい仲になって・・・そのお嬢さんのところへ今日婿が来るんで、・・・友達は婚礼の席へ暴れこんで二人とも殺して、自分も死のうと・・・」                     刀屋「それは馬鹿だ。」                                   徳三郎「馬鹿でもなんでもありません!」                           刀屋「まあ、そんな大きな声をお出しでない。その男はその娘さんにいくら金を使いました。」    徳三郎「金なんか使いません。」                               刀屋「金は使わない?ただ?ふーん、それは安い!ただほど安いものはない。仮にだね、吉原に遊びに行って良い花魁を買うなんて大変だよ。芸者、幇間を上げて祝儀をやり、大勢に気を使って、いざお引けという段になっても必ずしももてるとは限らない。振られちまうことだってある。ま、それもしょうがないことだ。昔から、『七尺去って師の影を踏まず』という諺がある。ご主人の影を踏んでも悪いという。そのご主人の大事な娘が一度でも二度でも良いと言ってくださったのだから、向こうが婿を取ると言ったら喜んで『ああ結構です。よく私にような者を思い切って、そう言う心になってくださいました。』と祝い物の一つもやるのが当たり前じゃありませんか。」                  徳三郎「いえ、婿をとるのがいけないというのではいけないてんじゃないです。とったって構やしません。でも相談ぐらいしてくれたってい良いじゃありませんか。相談ができなかったら、手紙で『こういうわけで親が無理にすすめるから婿をとるんだ。』とか書いて寄越してくれたって良いじゃありませんか。それとも手紙も書いちゃいけないってことですか⁉」 

 刀屋「なんだい、私がおまえさんに怒られているようだね。おまえさんの友達がそんなに悔しいと思うのなら、なぜ男らしい仕返しをやんなさらない?」                       徳三郎 「だから刀を買って友達にやって、二人を斬って仕返しをさせるんです」         刀屋 「馬鹿なことを言いなさんな。それのどこが男らしい。男らしい仕返しと言うのは、今に見ろって死んだ気になって働いて、向こうよりも立派な身代になって、そのお嬢様より器量も気立てもいい女房をもらって、二人で向こうの店の前を通って見せびらかしてやるんだ。それが出来なけりゃあ、どかんぼこんで行くよりしょうがねえや。」                             徳三郎 「どかんぼこんというのは?」                             刀屋 「両国橋なり好きな所から飛び込んで、浮き上がった時には土左衛門と名が変わるということ。ちょっと面白かろう。」                                   徳三郎 「・・・じゃあ、死んでしまうんですか?」

刀屋 「・・・芝居仕立てにすれば、女中をお供にしたお嬢さんが通りかかって、人だかりの中に例の死体を見つけ、”・・・おまえ一人は死なせはせぬ・・・”と言って、どかんぼこんと飛び込む。そうなれば悲恋の心中と浮き名が立って、ずっと粋と言うもんだ」                    徳三郎 「じゃあ、もしこっちが死ねば、向こうも確かに死にますか?」             刀屋 「そりゃあ、やって見なくちゃ分からない。惚れていれば死ぬが、惚れてなければ”いいあんばいに厄払いができた”で、はい、さよならだろう。まあ、これは冗談だ。世の中あまり突き詰めて考えちゃいけない。粋に暮らさなきゃ損だよ。世の中スイスイ、お茶漬けサクサク・・・・ああ腹が減ってきた。ばあさん茶漬けの支度をしてくれ。お若い人、おまえさんも一緒に茶漬けでもどうだい。」   

すると、表を、「迷子やーい、迷子やーい」の呼び声。
婚礼の途中から突然の迷子探しで細かい銭がないから貸してくれと飛び込んできたのが、徳三郎にとって主人家に出入りの鳶頭。  

この迷子はおせつのこと。
婚礼が始まろうとするちょっと前に家を飛び出して行ってしまったという。
これを聞いた徳三郎は鳶頭を肘で跳ねのけ、表へ飛び出して行った。

鳶頭「ありゃ、徳だ、今話した徳三郎ですよ。お嬢さんはあの男にすまないってんで、逃げ出したんでさあ。」                                          刀屋 「ああ、そうかい。様子がおかしいと思っていたが、刀を売らなくてよかった。どっちへ行ったんだろう。」                                         鳶頭「隅田川の方へ行ったようですよ。」                            刀屋 「えっ、そりゃまずいな。ひよっとしてどかんぼこんの方かな?」

一方の徳三郎、おせつを探しに両国橋まで来ると、橋の真ん中でドスンと人にぶつかった。
なんとこれがおせつ。

「まあ、徳かい?あたしゃおまえに逢いたかったよ」と、抱き着いて来たが後ろからは「迷い子やーい」の追手が迫っている。

手に手を取って、木場の橋まで来ると追手の声も聞こえなくなった。
もうこうなった以上は死ぬしかないと、
徳三郎 「それじゃあお嬢様、すぐに飛び込みましょう」

おせつ 「ああ、嬉しい。あの世とやらではきっと夫婦だよ」と、見かわす顔と顔、

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、お題目もろともに橋の上から身を投げたが、木場のあたりは一面の筏(いかだ)で、どかんぼこんとは行かず、

徳三郎「おや、なぜ死ねないんだろう?」

おせつ 「ああ、、お材木(お題目)で助かった」

何かこの人情噺と「お茶漬け」を無理やりこじつけてしまったかな?と自分でも感じてますが。

私は「おせつ徳三郎」の全筋は、興津要先生の講談社文庫「古典落語」で読んだのが最初でした。

「刀屋」の件において十歳代だった私は徳三郎に共感しながら読んだのを覚えてます。        自分ひとりスカを食わされる無念さがひしひしと伝わってくるようでした。            そうしながら刀屋の主人の「世の中スイスイ、お茶漬けサクサク。」という言葉には何かサッパリ感を覚えました。

「おせつ徳三郎」を通しで演じていたのはNHK落語名人選に音源の残っている十代目・金原亭馬生師だけかなとばかり思ってましたが、五代目・柳家小さん師の音源も残ってますね。刀屋の主人に喰ってかかる徳三郎の純朴さと浅はかさを見事に表現してました。

三代目・春風亭柳好師、六代目・春風亭柳橋師も演じたそうですが私は聴いたことありません。

三代目・柳好師がこの噺をある先輩の落語家から教わった時に「この『先輩落語家』は信用できない。」といった旨のことを陰で言ったそうですね。その理由として刀屋の店先で町人で「刀」を取り扱い慣れてないはずの徳三郎の「抜き身」を持った手が、その「先輩落語家」の場合、全然震えてないからだそうですね。 

以前に篠田正浩監督が何かに記していたのですが、近松門左衛門の名作「曽根崎心中」の最後の部分で「肌にやいばが当てられふかと。眼もくらみ手も震ひ弱る。 心を引直し。取直してもなほ震ひ突くとはすれど切先は。あなたへ外れこなたへ逸れ。」という一節があるのですが、この作品の主人公の平野屋徳兵衛も町人であることもあり、刀で心中の相手のお初を刺そうにも「眼もくらみ手も震ひ弱る」「切先は。あなたへ外れこなたへ逸れ」ということになってしまうわけですね。                                やはり、「人斬り包丁」を手にするわけですから恐怖感を覚えるのが普通でしょう。         

今回の私の記事でもその辺を意識してイラスト挿絵をAIで作成してもらいました。

サゲの「お題目(材木)で助かった。」は「鰍沢」と同じですね。 どっちにしても私はあまり良いサゲには思えないのですが。

十代目・金原亭馬生師は、

おせつ「死ねないね。」              徳三郎「水を飲まなきゃ死ねませんよ。」       おせつが何を思ったか、両手で水をすくって飲み、また水をすくって、              おせつ「徳や、お前もおあがり。」

とサゲてました。  前回も記しましたが、NHKラジオ「放送演芸会」で「NHK東京落語会」の十代目・馬生師の通し上演が放送された時に聴き逃してしまったことがありました。 慌ててラジオをつけたら丁度、おせつが両手で「徳や、お前もお上がり。」の部分だったので「どうして、あれがサゲなんだろう?」という思いだけが残りました。 それまで「おせつ徳三郎」という噺自体知らなかったので尚更でしたね。               このサゲを考案したのは六代目・桂文治師らしいのですが、如何にも大家の娘らしい鷹揚で可愛らしいサゲだと私は思います。           

六代目・圓生師は「サゲとしては弱い」と言っていたそうです。

六代目・圓生師は

徳三郎「水を飲まなければ死ねませんよ。」                          おせつ「それじゃ手ですくって飲もうかしら。」                         徳三郎「そんなことしたって死ねやしません。」                         ちょうど橋のたもとに、大旦那が番頭と一緒に娘を探しておりましたが、             大旦那「おいおいはやくおいで、いま、なにかあそこから飛び込んだから。」           番頭「あ、旦那様。川の中に徳どんとお嬢さまがいらっしゃいますよ。」              大旦那「なぜそんな馬鹿なことをしてくれたんだ。こうこうと打ち明けてくれたら、わたしは決してむごいことを言って引き裂こうというわけじゃない。取り返しのつかないことをしてくれた。」番頭「ご安心なさいまし、筏の上で二人とも無事でございますよ。」                    大旦那「ああ、ありがたい。これもお祖師様のご利益。お題目(材木)で助かった。」

とサゲてました。                                            

作者の初代・春風亭柳枝師も同じサゲ方だそうですが、この展開では大旦那が二人の仲を認めるわけですね。おせつ徳三郎の間に光明がと言うことになるのですが。

現代は悲劇的な終わり方をする演出もあるようですが、浄瑠璃・歌舞伎ではなく落語なのですからメデタシメデタシで結んで欲しいと私は思います。

かなり以前に、某大学の落語研究会で演じられたときに

大旦那「川に身を投げることまで考えたのだから、全ては水に流してやろう。」

というサゲがつけられていたのを聴いたことがあります。

やはり私としては落語は後味が悪くならないよう、お茶漬けのようにサクサクと味わってサッパリと行きたい気がしますね。

「落語とお茶漬け」に関してはまた改めて掘り下げた話を記してみたいと思います。

この記事を記している現在、「桜」も便りをあちこちで聴きます。

今年は是非満開時の向島に出かけたいと思ってます。

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