マンドー怖い

落語

前回、「饅頭怖い」ネタの記事を書いたときに立花家蛇足さんから「饅頭怖い」だけでなく「饅頭」に関する興味深いコメントをいただきました。                          今回も「饅頭」について記事を書いていきたいと思います。 最近、スーパーで「マンドー」という食品を売ってますね。

「マンド―」で思い出したのが、十数年前にトルコへ旅行した時にカイセリのホテルのランチで食べた「マントゥ」でした。旅行ガイドブックでは「トルコの水餃子」と紹介されていました。

中国や日本で食べられる餃子と違うのは小麦粉で作った皮に挽肉をくるんだ物を茹でてヨ―グルト、スパイスで食べるところですね。                                しかし、「マントゥ」という言葉の響きは「饅頭(マンジュウ)」に似ているなとその時思いました。 「饅頭」の「頭(ジュウ)」は「トウ」とも読みますし。

「饅頭」という食べ物は元来より小麦粉の皮に小豆や栗などの餡が入ったもので「肉まん」は邪道な食べ物であるというのが子供の時の私の認識でした。                        その考えが違うということを知るのはある程度の年齢になってからですが。

 前回、立花家蛇足さんからのコメントで饅頭の起源についての記載をいただきました。       「饅頭の原典は諸葛亮孔明が「蛮頭」という晒し首を嫌い小麦で見立てた「饅頭」を代わりにした。」という。

「黄河を制する者は中国を制す。」                               黄河は暴れ黄竜と呼ばれるように、夏には激しい雨が洪水を起こし、その洪水によって山西省・陝西省地域には大量の黄土の泥が流れ込み、この泥が黄河の川底を浅くして、氾濫の原因となるそうですね。だから黄河の治水・灌漑は中国の権力者にとって重要な課題の一つであったことにはここで私が記すまでもないですね。                                      氾濫を鎮める為の生贄もあったようですね。中国においては生きた人間の生首が生贄とされたいう。

3世紀三国時代に蜀の宰相・諸葛良孔明が、南征の帰途に、その風習を改めさせようと思い、小麦粉で練った皮に羊や豚の肉を詰めて、それを人間の頭に見立てて川に投げ込んだところ、川の氾濫が静まったという。                                          だから肉饅頭本来なわけですね。

それが日本に伝わり、小豆餡や栗餡などが入った「饅頭(まんじゅう)]というとなり、トルコに伝わりヨーグルト、スパイスをかけて食べる料理となり・・・・・なんて単純に考えていたら、アルメニア、アゼルバイジャン、アフガニスタン、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタンなどの国にも「マントゥ」「マンティ」という料理はあるようでして。

日本に「饅頭」が伝わった経緯は二通り説があるようですね。                  1,臨済宗の僧龍山徳見が1349年に帰朝した際、その俗弟子として随伴してきた林浄因が伝えたとするものである。当初林は禅宗のお茶と食べる菓子として饅頭を用いる事を考えたものの、従来の饅頭は肉を入れるため、代わりに小豆を入れた饅頭が考案された。                    2,1241年に南宋に渡り学を修めた円爾が福岡の博多でその製法を伝えたと言われる。円爾は辻堂(つじのどう=現・博多駅前一丁目)に臨済宗・承天寺を創建し博多の西、荒津山一帯を托鉢に回っていた際、いつも親切にしてくれていた茶屋の主人に饅頭の作り方を伝授した。

共に禅文化が関連しているわけですね。

現在中国では「饅頭(マントゥ)」とは特に「餡や具の無い蒸しパン」を指すそうですね。           デザートではなく、中国の華北に住んでいる人の「主食」として食べられているそうです。               餡や具のあるもの、日本で「中華まん」と呼ばれているものは「包子(パオズ)」。              また、生地を発酵させず、具も入れないまま丸めて蒸しあげたものは「窩頭(ウォートウ)」と呼ばれているそうです。

朝鮮半島へ「饅頭」は高麗王朝時代にモンゴルによる支配とともに伝わったようですが、朝鮮半島において「饅頭(マンドゥ)」は焼き餃子・蒸し餃子・肉饅頭・焼売・小籠包などの塩辛い、甘い麵食を含めた総称的なもののようですね。

「餃子」が日本に最初に伝わったのは江戸時代だそうですね。                  初めて餃子を食べた人物は何と「黄門様」こと徳川光圀公だそうです。明末清末の動乱で日本へ亡命していた朱瞬水が伝えたという。                                 明治時代までにも餃子を出す中華料理店は存在し、料理書でも作り方は紹介されているそうです。     その当時の日本における中華料理界では知識、実技ともに第一人者言われた山田政平氏が記した『素人に出来る支那料理』(1926年婦人之友社)には水餃子、蒸し餃子、鍋烙餃子(焼き餃子)の3つが掲載されているそうです。

宇都宮、福島、浜松などでは、「焼き餃子は第二次世界大戦後で、関東軍や満蒙開拓団などの引揚者によって考案された」とする資料も存在するそうですね。                      五代目・柳家小さん師が「小さん従軍記」の中で大陸で「餃子」の作り方を覚え、復員後に試してみたけど最初はうまくいかなかった。何回か試しているうちにすっかり自分の得意料理になったという旨を語っていたのを読んだことがあります。

第二次世界大戦後、中国から引揚げてきた日本人は満州から約108万人、中国の内戦が激化した昭和23年(1948年)8月までに約105万人いたそうですね。                  その中で中国大陸のそれぞれの場所で覚えた餃子だけでなく麻婆豆腐のような料理を日本のそれぞれの場所に伝えた人がどれだけいるのでしょう。

 饅頭がすっかり和菓子と化したように、餃子も浜松餃子、宇都宮餃子、福島の円盤餃子という名物があるくらい今やすっかり日本食。                                私事で恐縮ですが夕食のおかずに一つ盛りの数十個の餃子がでると兄妹で醜い奪い合いをした昔を思い出します。

 最近近所のスーパーで陳列され始めた「マンドー」。                     食べてみて「餃子」とどう違うのか味音痴な私にはわからないのですがボリューム面では「マンドー」の方がやや上のような気がするのですが「美味い」のには変わりません。   

「美味い」ものだからついつい食べ過ぎてしまいそう・・・・・・・・。                 ああマンドー怖い。                                       餃子も怖い。                                         できたらコクがあって切れ味のよい冷たいビールも2,3本怖い。

コメント

  1. 立花家蛇足 より:

    人生の時間は残り少ないのですが、一日の時間は持て余しているので最近はパン作りもしております

    さすがに蒸すのが難しいので饅頭までは作っておりません。
    https://stat.ameba.jp/user_images/20250329/10/tachibanaya-dasoku/4f/81/j/o1353192015559913562.jpg

    業務スーパーには売っているようなので今度覗いてみようかと思っております。
    https://mitok.info/gyomusuper/231356/

    あたくしは業務スーパーの回し者ではありませぬ ‍♂️

    • ヌーベルハンバーグ より:

      立花家蛇足さん
      コメントありがとうございます。
      私以前にホ―ムベ―カリ―の安いのを買って食パンやケ―キを焼いたことがあったのですが、1〜2年で飽きが来てしまいました。
      ああいうものは自分であれこれ言いながらこねて作るのが楽しいでしょうね。
      中華小麦粉パン饅頭(マントゥ)は楽しそう。
      私も近所の業務ス―パ―で探してみます。

タイトルとURLをコピーしました