先日、NHKテレビ「日本の話芸」で現・古今亭文菊師演の「稽古屋」が放映されてましたが、この噺について思うところがありますので記させて頂きたいと思います。
まずは「稽古屋」の筋から
八つあんが横丁の隠居のところへ相談に来る。周りの友達はかみさんをもらっているのに自分だけかみさんをもらえないばかりか「女」も出二ない。どうしてだろう?どうしたら「女」が出来るのだろう?隠居は昔の人の言うこと「いち(一)見え、に(二)男(前)、さん(三)金、し(四)芸、ご(五)セェ、ろく(六)オボコ、しち(七)ゼリフ、や(八)力、きゅ~(九)肝、と(十)評判。」を引き合いに出す。困ったことにハっつあんはどれにも絶望的。 せめて(四)の「芸」を身に付けたらよいだろうと「稽古屋」に行くことを勧められる。隠居が通っている「五目の女師匠(唄、踊りを一通り教える師匠)」を紹介される。 月謝と他に「もの堅い師匠だから出しても『月謝だけ頂いておきます。』と返ってくるから。」と膝附を隠居から借りて「稽古屋」を訪れる。

出て来た師匠に八つぁんは「手下にしてくれ。」「子分になりたい。」というので師匠は戸惑うもすぐに「弟子入り」と察する。月謝と膝附出したところ膝附だけ戻ってくると思いきや「わたくしどもでは『膝附』は頂いておりませんが、鳶頭の鉄つぁんが膝附を出すのでお断りしたところ『男がいっぺんだしたものは引っ込められない。』とえらい剣幕で叱られたので遠慮なく頂いておきます。」と膝附も取られてしまう。 何を稽古するかということになり、八つぁん「粋な年増に惚れられそうなことを何か仕込みたい。」師匠「お職人の方は皆さん同じようなことをおっしゃる。」と清元の「喜撰」をすすめられる。まずは師匠が見本を見せてくれて

ハっつあんにもやってごらんなさいということになるが

息継ぎもなしに唄ったり、清元ではなく浪花節になってしまう始末。踊りの稽古の子供を待たしてあるのでそちらを先にということになる。
待たしてある女の子「みいちゃん」が袂に焼き芋を隠し持っているので師匠はお稽古が済んでからおあがりなさいと脇に置かせて「娘道成寺」の「手毬唄」の稽古を始める。

師匠は「お上手ですよ。」と褒めながら指導。

にもかかわらず

みいちゃんが突然泣き出す。

師匠は驚いて「みいちゃん、お師匠さん褒めてるのよ。どうしたの?行ってごらんなさい。『そこのおじちゃんがあたしのお芋を食べてます。』 (八つぁんに) あなたそこで何してるんです?」

八つぁん「腹減ってたもんで。」師匠「いけませんよ。みいちゃんも泣かないの。後でお師匠さんが買ってあげますから。」となだめて稽古を再開するが、今度は

突然ゲラゲラ笑い出すみいちゃん。

「みいちゃん、終いにはお師匠さん怒るわよ。どうしたの今度は笑い出したりして?『そこのおじちゃんがかっぽれ踊ってます。』あなたそこで何をしてるんです?」

八つぁん「へえ。陽気な方がいいんじゃないかと思ってね。」 師匠「いけません。」
子供の稽古が終わって再び、八つぁんの稽古。
八つぁん「もっと優しいのがいいね。」 師匠「それでは。」と今度は上方唄の「擂鉢」の稽古本をだす。
「海山を 越えて この世に 往みなれて 比翼違理と 契りし仲を 煙が立つる 賎の女が 心々に 蓬わぬ日も 蓬う日も 夜は ひとり寝の 暮れを借しみて まつ山かずら 昼のみ暮らす 里もがな」
という歌詞。
師匠「この『煙が立つる』というところが『甲の声』と申しまして大変高い声になっているの。お宅お帰りになってどこか高い所へお上がりになって風に向かって大きな声を出して御覧なさい。吹っ切れますから。」
八つぁんは家に帰ると「高いところはどこだ?そうだ火の見櫓だ。」

櫓に上がって、八つぁん「海山越えてこの世に住み慣れて・・・・・・ここが高い声だと言ってたな・・・・・(思い切り甲高く大きな声で)煙が立つう!」

「おう源さん。」 「どうしたい?」 「また火事だよ、おい。八の野郎が櫓上がって『煙が立つ、煙が立つ』ってるよ。知っている家なら荷物運び出してやろうじゃねえか?」 「そうだな。」 「お~い!!八公~!!火事はどこだ~い!!」

「煙が立つ~!!」 「それはわかってるよ!火事はどこだ~い!」 「海山越えて~!!」 「そんな遠くじゃ俺は行かねえ。」
サゲに結び付いて行く上方唄「擂鉢」に関して、二代目・桂小文治師演では見本として師匠唄って聴かせてくれるのですが五代目・古今亭志ん生師演や現・文菊師演では、最初に清元「喜撰」を稽古するもうまく行かないので、「擂鉢」の歌詞を覚えてくるべく稽古本を渡されるのですが、師匠が見本で「擂り鉢」を唄う件が無いのですね。「擂鉢」はYOU TUBEでも聴けますが難しい唄なのでしょうか?
あくまで唄は「喜撰」で行くのならこんなサゲはどうかと考えてみました。
「清元・喜撰」をとにかく大声で唄って暗誦してくるように言われた主人公が外で真っ赤な顔で頭から湯気出して稽古している。通りがかった人たちが「見ねえ。あいつ頭から湯気出して唸ってら。」「湯気が出るわけさ。唄っているのが『喜撰(汽船)』だから。」
ちょっと無理があるかな?
大阪教育大学教授前田勇先生の『上方落語の歴史 増補改訂版』は明治30年代末に笑福亭福松師(代数がないが、時期的に見て初代。ただし1904年(明治37年)没である)が『歌火事』の題で演じたとし、東大落語会編『落語事典 増補』は明治の末に笑福亭松鶴師(こちらも代数は記載がないが、時期的には三代目が四代目)が持ち込んだとしています。
関東の「稽古屋」は現・小朝師演の後、現・林家正雀師演をナマでで聴きラジオで五代目・志ん生師演、ネットで三代目・古今亭志ん朝師演を聴きました。関西の型は初代・小文治師演をラジオとテレビで聴き、五代目・桂文枝師演をラジオで、TVで現・桂文珍師演、現・月亭八方師演を視ました。
五代目・文枝師では「稽古屋」の紹介の件に入る前に「いち(一)見え、に(二)男(前)、さん(三)金、し(四)芸、ご(五)セェ、ろく(六)オボコ、しち(七)ゼリフ、や(八)力、きゅ~(九)肝、と(十)評判。」に関するやり取りをきっちり演ってましたが、この部分は「色事根問」として独立して演じられることが多いですね。 私も三代目・笑福亭仁鶴師演をテレビで視てゲラゲラ笑ったのを覚えてます。 三代目・桂米朝師は「色事根問」から「いもりの黒焼」に入ってました。
私が聴いた中では大部分が主人公の男の唄の稽古の他に踊りの稽古があるのですが、五代目・志ん生師演では主人公の男が「喜撰」を稽古する前に町内の鳶頭が清元「其小唄夢廓・上」(通称・権上)を稽古するも段々木遣り節の調子になっていってしまうという演出を入れてました。これは柳派で行われていた演出のようですね。現・文珍師も踊りの他この演出を入れてました。
踊りは関東では現・小朝師も現・文菊師も「京鹿子娘道成寺」の手毬唄を稽古してますが、

関西の演出、二代目・小文治師演、五代目・文枝師演では「越後獅子」の「布晒し」のい稽古をしてました。

二代目・小文治師演では他に「お夏狂乱」の稽古もしていました。
共に歌舞伎舞踊としてもまた日舞の会でも良く上演される演目です。 「京鹿子娘道成寺」は関西の「天下一品浮かれの屑より(紙屑屋)」で紙屑よりをしている主人公が前ににある「稽古屋」から聴こえてくる曲に合わせて踊り出してしまう場面でも扱われてます。本来一人で行う数種類の踊りを二人で分けたり或いは一緒に踊る「京鹿子娘二人道成寺」は李相日監督「国宝」でも出て来ました。

また、現・八方師は自ら「黒田節」を唄いながら女性(噺の中の師匠)の振りで座った姿勢で踊って見せて客席の拍手を浴びてました。改めて師の多芸な一面を見せてもらった高座でした。
主人公が最初に唄の稽古をする「喜撰」も歌舞伎舞踊「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」の一幕でよく歌舞伎の舞台や日舞の会で上演されます。

「稽古屋」は演者の多芸さが楽しめる噺と言って過言ではないでしょう。
機会あったら他演者も更に聴いてみたいものですね。
ミラノ・コルティナ冬季大会でメダル獲得の朗報を聴く中、寒い日が続きます。
御身体大事にしましょう。
噺の中で稽古に来た女の子もハっつあんも「焼き芋」だ大好きなようですね。

でも私はこちらの方が好き

干し芋。
身体の代謝を高めてくれる最高のおやつだと思います。

コメント